あのこと (2021):映画短評
あのこと (2021)ライター4人の平均評価: 4.3
中絶を禁じられた女性の地獄巡りを疑似体験する作品
まだ人工中絶が違法だった’60年代のフランス。望まぬ妊娠をしてしまった女子大生。自分の将来に期待を寄せる親にはとても相談できず、頼ろうとした友だちやボーイフレンドからもソッポを向かれた彼女は、自らの手で片を付けようとする。このままでは人生を棒に振ってしまいかねないという不安や恐怖に直面し、藁にもすがる思いで解決策を模索するヒロイン。そんな彼女にカメラが密着する映像はまるでドキュメンタリーのようであり、中絶という選択肢を与えられないことで女性が味わう地獄巡りを疑似体験させる。合法化した現在でも、女性ばかりに責任や負担が押し付けられる中絶問題。これは男性こそ見るべき映画と言えよう。
激痛を免れない彼女の12週間戦争
ディヴァン監督は原作を読んで、激しい怒りを覚えたという。その怒りが、そのままヒロインの心情に重ねられたかのよう。
中絶が法で禁じられた時代の女性格闘史という点では『主婦マリーがしたこと』の変奏曲とも言えるが、中絶を切望する側を主体にしたのがミソ。媚びない顔つきをとらえたハンディカム映像と、シンプルな単音のスコアが一体となったリアリズム。表情だけ、声だけの処置の場面は激痛が伝わってくるようで生々しい。
生命軽視の点では非難を受けかねないが、怒りを原動力にして闘う人間のドラマは、女性に厳しい社会の非を確実にとらえている。主人公を“戦争に向かう兵士”と称した監督の本気を感じる力作。
監督2作目にして、ダルデンヌ兄弟のような貫禄も
ある日突然、予期せぬ事態に直面した大学生・アンヌの12週間に及ぶ戦い。同じ「中絶」がテーマだけに、カンヌでパルムドールを獲った『4ヶ月、3週と2日』を思い出したりもするが、ヴェネチアで金獅子賞を受賞した本作は、ヒロインが完全に孤独なのが大きな違い。しかも、セリフや劇伴を極力排除したオードレイ・ディヴァン監督によるドキュメンタリータッチの演出は、ただならぬ痛みとともにスリリングな臨場感と緊迫感を醸し出す。監督2作目にして、もはやダルデンヌ兄弟監督作のような貫禄を感じさせるうえ、ホラー演出もイケるだけに、次回作である『エマニエル夫人』のリメイクがいろんな意味で楽しみである。
これまでスクリーンが可視化してこなかった「事件」
祝ノーベル文学賞のアニー・エルノー。先の映画化『シンプルな情熱』が仏映画の古典性に寄り添うものであるなら、本作は逆に最尖鋭だ。望まぬ妊娠。原作者と「≒」の主人公アンヌはかつて映画(カメラ)が踏み込まなかった領域――ある孤独な戦場にまで突進していく。
スタンダードサイズの画面を使ったミニマムな“体感型シネマ”の文体から『サウルの息子』を連想する向きは多いだろう。内容は『主婦マリーがしたこと』(88年)と『TITANE/チタン』や『ファイブ・デビルズ』、もちろん米国の『17歳の瞳に映る世界』等を繋ぐもの。女性のエンパワーメントが刷新する現在の映画表現においてひとつのピークを示す迫力すらある。