正欲 (2023):映画短評
正欲 (2023)ライター5人の平均評価: 3.6
あなたの“普通”は、みんなの“普通”ですか?
“普通××だよね”“普通××しないだろ”というときの“普通”。それは本当に“普通”なんだろうか? 見進めるほど、そんなことを考えさせる。
フェティッシュな性欲を抱えて孤立しながら、しだいにつながっていく人々の群像。そこには孤独という共感を引き起こす要素と同時に、異常性への距離感を匂わせる。そして、これが扇の要となるのだが、そんな人々を“異常”とみなす“普通”の検事のドラマがある。
この対立構造をサスペンスとして機能させつつ、キャラクター各々の“普通”を考えさせるつくり。俳優陣の素晴らしいアンサンブルの果ての美しいラストシーンを見たとき、観客は何を思うのだろうか?
磯村勇斗の役選びはまたも野心的で◎。美しく観やすい欲望表現
欲望の多様性を語る、まさに今っぽい作品。メインで描かれる欲望、つまりエクスタシー=性欲を引き起こす対象が、どちらかと言えば美しい印象で描かれ、確かにドロドロせずにすんなり入り込みやすいが、その分、欲望の根源、深みに到達しないもどかしさも大きい。これは原作に起因するのだろうが。
冒頭からしばらくの演出や作劇が、どこかあっさりとして、それは中盤以降との違いを狙ったようだが、突き刺さるものが少ない時間が続く。後半、登場人物それぞれの闇が迫ってくるだけに…。
イメージを変える演技という評も目にするが、そもそも俳優という職業は演じる役によってイメージを変えるもの。それをふまえれば、想定内に収まっている。
朝井リョウ流の『クラッシュ』
意外にも“そっち側”の人間を演じる新垣結衣と、“そっち側”ではない人間を演じる稲垣吾郎と宇野祥平。そんなキャスティングの妙が興味深い、朝井リョウ流の『クラッシュ』。マイノリティな人々が“この世界で生きていくために、手を組んだ”後の「第2幕」といえる展開から、さらに目が離せなくなるのだが、そこは鋭くも優しい視点から社会的テーマをエンタメに昇華させるのが巧い岸善幸監督。前作『前科者』の逆構造ともいえる関係性が生き始め、ラストからのvaundyによる主題歌がジワる。偶然にも、今年『波紋』『渇水』と公開が続いた、磯村勇斗“水三部作”完結編と捉えると、さらに感慨深い一作でもある。
多様な人々と一緒にやっていくということ
よくあることではないために、他の人々には理解されにくく、自分でもそれをどうにかできるわけではない何か。"それ"を持ちながら生きる人々の辛さと、周囲の人々の"それ"を理解しようという意識の低さ、未知のものを既知のものに曲解しようとする貧しさ、不寛容さをストレートに描く。
映画で描写される"それ"は暗喩なので、かなり希少な事例になっているが、"それ"を持って生きる人々の一例として不登校児童が描かれて、問題がより身近なものに感じられる。本作は、同種の"それ"を持つ者同士が出会うという幸運も描くが、そうした出会いがなくても"それ"と共に生きていけることを描く映画も見たい。
好きなものを好きと言えるという事
好きなものを好きと言えることがどういうことなのかという一本。稲垣吾郎のこういうキャラクターははまりますね。新垣結衣にとっては新境地と言える作品で、後々代表作となるかもしれません。今年八面六臂の活躍を見せる磯村勇斗は今回もまたあっと驚く顔を見せてくれます。佐藤寛太と東野絢香のサイドストーリーの部分も含めて、考えさせられる話です。娯楽性やエンタメ性を求めて見る作品ではありませんし、受け取り方も人それぞれ、いろいろなことを投げかけてくると思います。そういう意味でも一度試してほしい映画でした。