VORTEX ヴォルテックス (2021):映画短評
VORTEX ヴォルテックス (2021)ライター3人の平均評価: 4.7
夢も希望もない老いの残酷を描いた問題作
パリのアパートメントに暮らす高齢の老夫婦。イタリア人で映画評論家の夫は心臓に持病を抱え、元精神科医の妻はアルツハイマーの症状が急速に進行している。家庭内に漂う重苦しい雰囲気。記憶を失い徘徊する妻に、夫は苛立ち癇癪を起こす。たまにしか訪れないバツイチのひとり息子は、子供の養育費を稼ぐのに精いっぱいで、両親の力になるどころか金を無心する有り様。そんな老夫婦が、この世を去るまでの最期の日々を淡々と映し出す。いやあ、誰もが避けて通れない老いの残酷な現実を、これでもかと見せつけるような映画ですな。ダリオ・アルジェントらキャスト陣の即興演技がまた生々しいこと!気が重くなるけど目を背けられない作品だ。
形式・設計が「死」に至る主題と合致している
D・アルジェント(映画評論家の役!)&F・ルブランが最晩年の老夫婦を演じる企画力の際立ちも凄いが、同時にG・ノエ監督の成熟を感じる。スプリットスクリーンは『CLIMAX』や『ルクス・エテルナ』に続いての採用だが、今回が最もハマった。画面の分断は夫婦間の溝という主題以上に、「死ぬ時は誰でも独り」という普遍の定理をこそ突きつけるものだ。
ポーの詩『夢の中の夢』、フランソワーズ・アルディの曲『バラのほほえみ』など序盤からの引用もフックが強い。インスパイア源になったという日本映画『生きる』『楢山節考』『心中天網島』も全て納得しつつ、達成は独自のもの。個人的には久々に大きな感銘を受けたノエ作品だ。
ここまで身につまされる映画が、まさかのこの監督とは…
ギャスパー・ノエ監督と聞けばセンセーショナルな作品を期待する人も多いが、今回は別ベクトルの衝撃と切実さをもたらし、観る人によっては自分自身、家族の未来を重ねてしまい、深部レベルで身につまされるはず。その意味で誰しもに必見。
認知症の妻を演じるF・ルブランが、その虚ろな表情、頼りなげなセリフ回しで、ドキュメンタリーのような生々しさを喚起し、夫役のD・アルジェントの自身の老い、妻への対応に滲み出る悲哀が、これまた味わい深い。
同じ室内にいる夫婦が、画面を真ん中で分けるスプリットスクリーンによって別々の世界に押し込められることで心の乖離が伝わる。映画の手法が“人生の切なさ”を生む、ひとつの奇跡。