博士と彼女のセオリー (2014):映画短評
博士と彼女のセオリー (2014)ライター7人の平均評価: 4.1
やっぱ最初に「2001年」やるんだホーキング。
ミニマルな音楽、マクロ=ミクロな宇宙モデルとも相俟って、永遠に解決できない男と女の関係性をシニカルに描いた、いかにも英国的なセックス・コメディ。シンプルでエレガントな方程式…「セオリー・オブ・エヴリシング」を形而上的に求めながらも形而下的にはなかなかそうもいかない、女好きで酒好きでSF好き、例の合成音声機器を始めて使う時「デイジー、デイジー」と打ち込んだり、「アメリカ英語だ」と文句言ったりするお茶目なホーキング博士を演じるE.レドメインの熱演は勿論だが、図らずも彼に人生振り回される妻役F.ジョーンズの受けの芝居が素晴らしい。で、ステンドグラスの前のキス、笑っていいんだよね?
始めも終わりもない、螺旋のイメージを味わうこと
天才物理学者ホーキング博士。彼は、その研究でもって誰もができないことを成し得た。が、誰もが容易にやれることができなかった。スピーチ会場で、目の前の聴衆が落とした一本のペンを拾ってあげられない無念さ。深い深い悔しさ。人生は不条理だ。すべてを包み込んでいる宇宙も。しかしそこに、彼は挑んだ。論理のチカラで。宇宙の起源は人間の起源。万物は(そして人間は、愛は……)どこからやってきて、どこへと去っていくのか――こうした答えの出ない謎、“問いの渦巻き”を本作は、劇中のバリエーション豊かな「円運動」で象徴してみせる。始めも終わりもない、螺旋のイメージを味わうこと。それは、映画のラストまで徹底している。
ベタなラブから、コアなラブへ
アカデミー賞絡みの作品、かつアカデミックな題材で格調高そうだが、襟を正す必要はナシ。主人公ホーキング博士の学術的なイメージに臆する心配もまったくない。
根幹はあくまでラブストーリー。博士と彼女の恋が芽生えるまでの展開はベタで見ているこちらが少々恥ずかしくもなるが、テンポのよいこのリズムに乗れれば、後に複雑化する恋愛関係も自然に飲み込める。
ワーキングングタイトル製作の映画は『ブリジット・ジョーンズの日記』を例に出すまでもなく、最初に間口を広げて徐々に焦点を絞る作品が多い。そういう意味では本作も同社のマナーに則った作品。博士の“男”の部分も含めて、共感度は高めだ。
天才にも解明しがたい“性愛のブラックホール”は吸引力抜群
ホーキング博士が乗り移ったかのようなエディ・レッドメインの演技は神がかり的だ。形から入って内的苦悩を表現する。時間の真実に挑む若き物理学者に突き付けられた人生の残り時間。病は生をより濃密にするが、純愛に貫かれた難病ものなどではない。身体的不自由を強いられた男と、彼を支える妻の性的衝動の現実が赤裸々だ。天才も、家庭という小宇宙を持続するための方程式を組み立てることには失敗した。撮影も音楽も流れるように美しいが、ふたりを見つめる視点は冷徹だ。いわば、アンチ『ビューティフル・マインド』。存命中の偉人を描いても美談で済まさず、ひるまない。天才にも解明しがたい“性愛のブラックホール”は吸引力抜群だ。
もしも万物を貫く唯一の法則を求めるなら
すべての光景が夢のように美しい。なぜならこの映画は、実際に起きた出来事を元にしているが、事実をリアルに再現することを目指しているわけではないからだ。実際は病気も恋愛も苦悩も喜びも、映画のように美しくはなく、もっと醜く汚れた複雑なものだろう。だが、それを描くことは本作の目的ではない。主人公は何の関係もないように見える宇宙の万物の中に、そのすべてを貫くひとつの法則を求める。では、もしも人間が生きて行くということの中にも、それを貫くひとつの法則を見いだそうとするなら、人生はどのように見えるのか。本作はそれを描こうとする。それゆえ、主人公が生きる日々は、スクリーンの上で、いつも夢のように美しい。
『イミテーション・ゲーム』との共通項も多し
どこかインテリジェンスな香りが漂う、抜群のセンスの良さ。観ていて恥ずかしくなるロマンティックなラブシーンもある一方、一歩踏み込んでシビアに描く男女間の諸問題。紛れもなく「ワーキングタイトル・フィルムズ」制作のラブストーリーだ。イギリスが生んだ天才の苦悩や、青春映画としての切り取り方など、同日公開の『イミテーション・ゲーム』との共通項も多いが、過去にTVムービーで演じたカンバーバッチに比べ、エディ・レッドメインが演じるホーキング博士のなりきり度はハンパなく、ぐうの音も出ない。しかも、博士の「オトコ」の部分も強調されており、ここをどう評価するかで、ラストの捉え方も大きく変わってくるはず。
知的なホーキング博士と妻の知的なラブストーリー
ALSと診断されたホーキングが恋人ジェーンの愛に生きる希望を見出した青年時代から始まる物語だけあって、見終わって感じたのは「知的なラブストーリーを見た」ということ。「難病の夫を支えた愛妻の献身」部分を切り取るだけなら感動の押し売りだったが、ジェムズ・マーシュ監督は複雑な夫婦愛をリアルに描写した。その筆致がフラットなのは、観客に判断を委ねるためだろう。夫の余生2年が幸か不幸か永遠になり、病との戦いに疲弊するジェーンの心の揺れに同じ女として激しく共感してしまった。演じるフェリシテイ・ジョーンズの肝っ玉母さんっぽい雰囲気も好感度大。エディ・レッドメインの驚異的な変身ぶりももちろん素晴らしいです。