花と雨 (2019):映画短評
花と雨 (2019)ライター5人の平均評価: 3.6
表現における“リアル”とは何か?を問う青春劇の秀作
登場人物が“リアル”であることにこだわるから、リアルな青春映画とは、どんなものか……と考えながら見たが、本作はそれに近いのかもしれない。
ヒップホップを志すもリアルを追求するあまり他が嘘くさく聴こえてモヤモヤし、何も表現できず、ドラッグの売人に身をやつす。リアルな言葉が見つけられない、そんな空洞でのもがきに、青春期の現実を見る。
結局のところ、リアルとは自分が見て、聞いて、動いて、生きた跡にしか生じ得えない。それを学ぶまでの心の軌跡をたどった真摯な青春映画。考える余白を残して日常を切り取った監督の演出も、常にモヤッている内面を体現した笠松将の顔つきにもリアルがにじみ出る。面白い。
日本映画でヒップホップでカッコいい
ヒップホップについてはよく知らず、なのに日本映画にヒップホップをする人たちが登場すると何となく居心地の悪さを感じてしまうことが多いのだが、この映画はそれを感じさせない。映像のリズムのせいなのか、別の理由があるのか。この映画を見ていると、それがなぜなのかを解明したくなる。
ヒップホップが映画に溶け込んでいる。ヒトがヒップホップと出会ってそれを自分でやるようになるストーリーと、そのときのヒトの立ち方と声の出し方、それを映し出す映像が、一つのものになっていて違和感がない。この映画が描く世界でこういう音が鳴っていることに納得がいく。画面を見ていてヒップホップがカッコいい。
君たちはどう生きるのか?
同タイトルのラッパーSEEDAの半自伝的アルバムを原案とした映画。
登場人物の造形がややステレオタイプな感じもあったものの、笠松将の静かな熱演が物語を牽引します。
日本版『8mile』や『ストレイト・アウタ・コンプトン』、そして『キッズ・リターン』の正統なフォロワーとして2020年代初頭の一本として見られるべき青春劇に仕上がりました。
青春はみっともなくて痛々しくて青臭いからこそ愛おしい
ラッパーSEEDAの同名アルバムからインスパイアされた、自伝的な要素を孕んだ作品ではあるものの、しかしこれはむしろ、そうした予備知識や先入観を取り払って見るべき作品と言えるだろう。筆者自身が海外で育ったこともあって、帰国子女が閉鎖的な日本社会(とりわけ学校社会)で強く感じる疎外感や違和感は身に覚えがあり過ぎて震えたが、もちろんそれだけではなく、夢と理想ばかりが先走りして頭でっかちになってしまう未熟さとか、たどり着きたくてもたどり着けない目標を諦められずにジタバタもがく感じとか、みっともなくて痛々しくて青臭い青春のいちいちが突き刺さりまくって愛おしい。カミング・オブ・エイジ映画として秀逸。
日本のヒップホップ映画のステージが変わりつつあるようだ
真っ当に『8 Mile』的精神が詰まった(ゆえに米の『ロッキー』のように『あしたのジョー』の長い系譜を引き継ぐ好篇になった)ANARCHYの『WALKING MAN』に続き、今度は同世代のSEEDA。06年の名盤を基にしたロンドン育ちから有名私立校へというANARCHYと対照的な「逸脱」の青春に、主演の笠松将が等身大のハングリーさと清廉さを吹き込む。
監督の土屋貴史は79年生の日芸出身というから入江悠と同窓か。諧謔が基調の『SR サイタマノラッパー』から10年、ストレートな自己実現の物語が成立している。この分野でも批評的アイロニーを交えずに「洋画」と同じ事をやれる段階になったのかもしれない。