セプテンバー5 (2024):映画短評
セプテンバー5 (2024)![セプテンバー5](https://img.cinematoday.jp/a/T0030536/_size_640x/_v_1738309476/main.jpg)
ライター5人の平均評価: 4
報道の倫理についても考えさせる極上スリラー
舞台は基本的にテレビスタジオという密室。だが、本物の映像を混ぜ込みつつ、分刻みで変わっていく状況に彼らが葛藤する様子を手持ちカメラで追うこの映画は、常に臨場感と緊張感にあふれ、ぐいぐいと引っ張っていく。史上初のオリンピックのライブ中継は、テロリストの犯行をリアルタイムで報道する初の機会にもなってしまった。それをニュース班でなく、現地にいたスポーツ班が担当することになったせいで、報道の倫理により焦点が当たるのも興味深い。ニュースの初心者だからこそ、何をするべきで、何をしないべきかという葛藤にたびたび直面するのだ。メインストリームのメディアへの信頼が揺らぐ今、色々考えさせる映画でもある。
キーパーソンは『ありふれた教室』の女教師
『HELL』『プロジェクト:ユリシーズ』と凡作イメージが強かったティム・フェールバウム監督のハリウッド進出作。同じ題材を扱ったドキュメンタリー『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』のケヴィン・マクドナルド監督や、この手の事件の映像化が十八番なポール・グリーングラス監督ばりに緩急激しい演出を期待するも、過去作と変わらない単調さに驚き。オスカー候補にもなっている極力ムダを省いた脚本と、ドイツ人翻訳家を演じる『ありふれた教室』のレオニー・ベネシュなど、キャスティングの妙。そして、95分という上映時間に助けられての高評価だろうが、口直しに『ミュンヘン』を観たくなるのも事実。
不安と緊張、そして興奮が高まっていく
緊迫感が持続する。描く時間は1日、舞台は一室。密度は高く、記録映像のような手触りで描かれ、最後まで切迫し続ける。元は、1972年、ミュンヘンオリンピックでのテロ事件を中継した米TV局現場スタッフの実話。異国の不慣れな環境下、予想外の事態に直面した人々は実状が見えず、情報は錯綜、刻々と変わる事態に瞬時の判断が求められ、不安と緊張、そして興奮が高まっていく。
政治劇の側面もあり、スタッフ間の政治的意見の対立はごく片鱗しか描かれないのに、一瞬即発の危うさが瞬時に出現する。その一方で"仕事"とは何かを描く仕事映画でもある。極限状況の中、各自のプロ意識、仕事観が問われていくさまも胸に響く。
緊張と緩和のバランスが素晴らしい
実際に起きたオリンピック史上最悪の事件”ミュンヘンオリンピックの悲劇”。図らずもこれを生中継することになってしまった取材クルーの姿を圧倒的な緊張感とスピード感を持って描いた逸品。これを担当したのがオリンピック取材班、つまりスポーツ報道チームだったということは本作を見て初めて知りました。圧倒的なスター俳優は登場しませんがピーター・サスガード以下、曲者が揃い見事なアンサンブルを見せてくれました。テロリストの動機などの事件の背景を描かないことに関しては賛否あるかともいますが、そこをバッサリとカットしたことで95分というタイトな上映時間となり一気に駆け抜ける映画となりました。
異様な集中力とテンションで95分を突っ走る
大作はもちろん賞レースに絡む作品も軒並み上映時間が長めの中、本作の95分はあまりに潔い。しかも余計なエピソードを徹底して排除。そこで起こっていること=五輪の人質事件を報道するスタジオの混乱、に集中する。カメラはまるでスタジオのスタッフのごとくの視点で誰かの声に反応し、それを繋ぐ編集も上出来。演出の流れでここまで没入できるとは! そうなると映っていない「現場」への想像力も十分にはたらく。これこそ映画。
1972年の実際の映像もうまく機能。そしてアメリカのテレビ現場でありながら、ドイツ人翻訳家、しかも女性が重要な役割を任されたことで特別なカタルシスがもたらされた。今の時代に訴えるメッセージも鋭い。