ルーム (2015):映画短評
ルーム (2015)ライター7人の平均評価: 4.1
世界認識の追体験が脱出劇と同等にサスペンスフル。
前半は猟奇的状況をドキュメンタリ的に、後半は世間からの好奇の目に監視される社会的状況を定点観察的に描くが、ともに牢獄的状況からの脱出に至るという点で相似形にある。B.ラーソンが主演者として注目を浴びたけれど、むしろ息子役J.トレンブレイこそが本当の主役。なぜなら彼の目こそが「定点」であり、これが自らの意思において世界の広大さを認識し、そこに一歩を踏み出す決心をする“個”についての物語であることが明確になるからだ。監督L.アブラムソンとしても『FRANK』とほぼ同様のことがらを描きながら(ほんの)一歩踏み出した感がある。自らを育んだ“世界”の小ささを知ったうえで優しく贈る訣別の言葉は感動的。
誘拐監禁の被害者を通じて人間や社会の明と暗を描く
小さな部屋で肩を寄せ合い暮らす仲睦まじい母親と息子。その微笑ましい光景は、しかしやがて悪夢の一部であることが分かる。母親は誘拐監禁事件の被害者、息子は犯人にレイプされて生まれた子なのだ。
なかなか衝撃的な展開だが、しかし本当の見どころは彼らが保護されてからの後半だ。生まれて初めて知る外の世界に驚きつつも順応していく息子、世間の好奇の目に晒され心身を蝕まれていく母親。この対照的な道のりを辿る母子を通して、人間や社会の明と暗を描いていく。
日本でも現実に起きている誘拐監禁事件。映画の題材としても決して目新しくはないが、しかしそれをある種の人間賛歌へと高めたという点で本作は画期的だと言えよう。
セカイしか知らない無垢な魂は世界を受けとめることが出来るのか
母は暴力の恐怖に怯え、その部屋の中しか知らない少年は単調な繰り返しこそが日常だと思い込まされている。命懸けの脱出に溜飲を降ろす映画ではない。社会復帰したとき、真のドラマが始まる。彼らは世間からの好奇の眼で囲まれた“牢獄”で如何に生きるのか。
善意に満ちた洗脳が解かれ、信じてきた「セカイ」が崩壊した少年は、全てをリセットして本当の「世界」を受け入れることができるのか。天才子役ジェイコブ・トレンブレイの迫真の演技と、レニー・アブラハムソン監督の慈愛の眼差しは、修復可能な無垢な魂の無限の可能性に希望を抱かせてくれる。
世界と向き合うための強靭なエンタテインメント
今年の米アカデミー賞作品賞ノミネート作品は力作ぞろいだったが、個人的にもっとも心にシミたのが本作。
母と子の愛情物語のように始まるドラマは緊張をみなぎらせて進行し、そのトーンは終盤まで貫かれる。サスペンスフルな展開も見事だが、“個人対世界”というテーマの強靭さにも唸らされた。部屋という“世界”から、社会という“世界”へ。母子の数奇な運命に触れると、自分の世界との向き合い方について、つい考えてしまう。
『FRANK フランク』で天才と凡人が、それぞれ世界と格闘するさまを鮮やかに描いてみせたレニー・アブラハムソン監督の才腕を再確認した。今後ますます目が離せない、私的巨匠に認定。
あまりに優しい監督の視線がやや問題
『ショート・ターム』で明らかに「何者?」感を漂わせていたブリー・ラーソンだが、またも病んだ役柄で、一気にオスカー獲得までに昇りつめた。監禁モノというと『完全なる飼育』のように、犯人に対するストックホルム症候群が芽生えがちだが、ここにはそんなドラマは存在しない。いかに、7年間監禁された“部屋”から逃げ出すか? そこにサスペンスと同時に、強い親子愛が存在する。これが子役の名演とともに重要なポイントになっているが、やや過大評価されすぎの感もアリ。前作『FRANK』同様、レニー・アブラハムソン監督の視点があまりに優しすぎるのだ。それが原作とは異なる2人の開放後の展開に、顕著に現れているようにも思える。
地獄にいた女性を救った母性愛が生み出す希望に感動
絶望的な状況で息子ジャックへの愛を糧に生きる主人公ジョイの強さに胸が締め付けられる。息子のために狭いルームを幸せな空間に変える努力をする彼女が彼の目がそれたときにフッと無表情になる瞬間の切なさたるや。拉致・監禁した男は憎いがレイプで誕生した息子は愛おしい、しかし彼は彼女の痛みの証でもあるわけで、千々に乱れるジョイの心のあやをブリー・ラーソンが確かな演技力で表現する。うまい!
そのブリーに負けてないのが新星ジェイコブ君。一気に拡大した世界に怯えつつも馴染む彼の柔軟さがジョイの身に起きた残酷な現実を超える希望を感じさせる。そう、これは絶望からのサバイバルと母子の愛&希望の物語なのだ。
母と息子、2人の心の動きの双方を丁寧に描き出す
ストーリーが巧み。監禁された母子が果たして脱出できるのかというサスペンスだけを描くならありがちだが、本作はそれに加えて、その出来事の後、彼らが少しずつ変化していくさまを丁寧に描いていく。
そして、その細やかな心の動きを、母親のものだけではなく、母と息子、双方について、同じ比重で描く。それぞれの心が追う負担と抱く思いは同じではないが、その価値は年齢とは関係ない。この2つの心理の動きが、ストーリーを重層的にする。
母親役のブリー・ラーソンは、子役との2人芝居のシーンがほとんどで、観客の注目が子役に集まりやすいところを、子役に負けない存在感を発揮している。