帰ってきたヒトラー (2015):映画短評
帰ってきたヒトラー (2015)ライター3人の平均評価: 4
移民排斥が高まる今の欧州をリアルに捉えたドイツ版「ボラット」
ヒトラーが21世紀の現代にタイムスリップし、今度はテレビのモノマネ芸人として再びドイツ民衆の熱狂的支持を得てしまう。そんな原作小説のストーリーを軸に、ヒトラーに扮した主演俳優の突撃ロケによって一般市民のガチにリアルな声を汲み取った、まさしくドイツ版「ボラット」と呼ぶべきブラック・コメディ。
注目すべきは、生身のヒトラーが数多のハリウッド映画などで描かれてきたような、見るからに分かりやすい悪人などではなかったということ。なぜ彼が大衆から熱烈に愛されたのか、どのようにして権力を手にしたのか。現代を舞台にしているからこそ如実に理解できる。混沌とした今の欧州の空気を捉えているという意味でも秀逸だ。
歴史は繰り返すわけで、この人には帰ってきてほしくないね。
シリア内戦やISの台頭による移民の大量発生で、反イスラムや移民排斥が起きているヨーロッパの状況は戦前と似ているという。なぜか現代に蘇ったヒトラーが“そっくりさん”として大衆を煽動していく『ボラット』的なコメディの形を取っているこの映画はまさに、現在の状況とだぶっていて不穏な空気さえ漂う。ヒトラーを封印したはずの我々は実は、心の中にいるプチ独裁者に支配されていると気づかされる苦い瞬間が多々。顔出しOKした劇中の素人さんは勇気があるというか、何も考えていないというか……。浅はかなリアリティ番組批判やSNSの危険性を示唆する展開は原作をも超えていて、世界の今を憂う意味でも必見でしょう。
笑いの一方で世界の“今”を見据えた意義ある問題作
ヒトラーの一人称で語られる原作には、ひょうひょうとしたブラックユーモアが活きていた。映画版はそんな味を踏まえつつも、小説以上にヘビーな味わいが宿る。
主演俳優を町に放り込んで人々の反応をカメラに収める『ボラット』にも似たどっきりカメラ的映像は笑いの要素。ヒトラー視点ではなく、第三者の客観的な目線がそこには宿り、同時にドイツの“今”も見えてくる。
が、クライマックスは笑ってばかりもいられない。ヒトラーが選挙で選ばれたという歴史的事実はあまりに重く、異人種に対して排他的な傾向にある世界の現実とリンク。小説よりもブラックユーモアはキツいが、“今”見るべき作品であることに疑いの余地はない。