ブルーに生まれついて (2015):映画短評
ブルーに生まれついて (2015)ライター5人の平均評価: 3.8
存在のどうしようもない憂鬱さ。
かつて「ジャズ界のジェイムズ・ディーン」と呼ばれたチェット・ベイカー本人に雰囲気が似ていなくはないE.ホークがナイス・キャスト。ま、身から出た錆といえばそれまでなビートニクっぽいエピソードも勿論描かれるが、クローズアップされるのは何故かこのクズ男を見捨てない黒人のフィアンセとの愛情関係であり、旧知の音楽プロデューサーの人情であって、決して転落人生の悲惨さだけを強調しないのがイイ。職もカネもなくキャンピングカー暮らしをする恋人たち、そんな彼らの背後の風景はウェストコースト・ジャズのジャケ写みたいに風通しがいいのだ。“ブルー”とはすなわち憂鬱、そしてジャズに生きることの衝動や運命も指し示している。
カリスマにしてダメ男、だからこそ生まれたドラマ
ドキュメンタリー『レッツ・ゲット・ロスト』で枯れたパフォーマンスを披露し、味わい深い晩年を映像に刻んだチェット・ベイカー。そこにいたる過程をドラマとして見せ切った本作も、味なモノを確かに感じさせる。
自業自得とも言えるケンカ沙汰で一度はトランペッター生命を断たれる。恋には落ちるが、彼女のためだけには生きられない。そんなチェットの“ダメ”な部分をとらえているからこそ、演奏だけは捨てられないナチュラル・ボーンな音楽家ぶりが際立つ。
演じるイーサン・ホークはボーカルをも完コピするなりきりぶり。何より、これまで何度となくダメ男を演じてきた彼の、チェットにも似た枯れ具合が光っている。
チェット・ベイカーの半生にインスパイアされたオマージュ映画
かなり脚色が多いので、チェット・ベイカーの伝記映画というよりは、その半生にインスパイアされたオマージュ映画と呼ぶべきか。麻薬で身を持ち崩した天才ジャズトランペッターの葛藤と再起が描かれる。
これが長編2作目のバドロー監督は以前にもチェットを題材にした短編を撮っており、その際にチェットを演じたスティーブン・マクハティーが、ここでは父親役で顔を出す。事実の忠実な再現よりも、繊細で傷つきやすいアーティストの複雑な内面に焦点を絞ったところが特徴だ。
あえて時代の空気を再現することまで避けたせいで、昔のMTVっぽい映像になってしまった嫌いはあるものの、劇中劇の多様など独特のアプローチは興味深い。
いわゆる伝記映画ではなく
実在の人物に基づいているが、いわゆる伝記映画というよりも、ひとりの人間の物語として描かれている。映画が目指すのは、具体的な事実を再現することではなく、モデルとなった人物から真髄を抽出し、それを映画という虚構の形で表現することだ。
生活者としてはかなり難点の多い人物が、ひとつだけ没入したもの=音楽があり、そのために他の大切なものを失うと分かっていても、それだけは決して手放さなかった。そういう物語が描かれていく。黒、白、ブルーがアクセントの映像はクールで、主人公が何もない場所に立つ姿は美しい。だが描かれているのは破滅や堕落の美学ではなく、ひとりの弱い人間による強い選択の物語に見える。
これはまるで『竜二』じゃないか!!
ヤラれた……まさかこんなに良いとは。もし批判されそうな点を挙げるなら、伝記映画にしては創作が多いってことだろう。明白な脚色があったり、年代が記録と合ってなかったり。“オマージュ”程度のフィクショナルな距離感と考えれば良いか。それでも魂の人物解析としては真に迫った、非常に優れたチェット・ベイカーの映画だと思う。
傑作ドキュメンタリー『レッツ・ゲット・ロスト』を観てベイカーのファンになったというE・ホークは業の深さごと“存在論的同期”するような名演。切ない歌声がヤバすぎ。話のメインはヤクザな道からの「更正」だが、“ブルーに生まれついた”宿命が顔を出す瞬間、久々に腹の底から溜め息が出たよ!