ハクソー・リッジ (2016):映画短評
ハクソー・リッジ (2016)ライター7人の平均評価: 4.6
戦場シーンはもちろんだが、ドラマ部分も卓越している
メル・ギブソンらしく、戦場のシーンが残酷でリアルなことは数々の批評ですでに聞いているだろうが、今作の強さは、そこに至るまでのドラマの部分にもある。始まりの部分では主人公ドスの子供時代が描かれ、なぜ彼が敬虔なキリスト教信者になったのかが説明される。やがて青年になり、彼は(ここから子役に代わってアンドリュー・ガーフィールドが演じる)、美しい看護婦と出会う。このふたりの恋が、実に微笑ましくチャーミングで、だからこそ、その後に彼を迎える境遇が、より強烈に心に迫るのだ。ガーフィールドは、間違いなく今一番注目したい俳優。彼の上官役にヴィンス・ヴォーンを選んだキャスティングもおもしろい。
凄惨な戦闘描写が、戦わない勇気と救う尊さをより際立たせる
「戦わない」勇気と「救う」ことに懸ける尊さを、主人公デズモンドに扮した繊細なアンドリュー・ガーフィールドが身をもって訴えかける。白兵戦の容赦なき凄惨な描写が、崇高な魂をより際立たせる。そこには監督メル・ギブソン自身の、内なる暴力性への贖罪の念も感じられる。翻って、二度と過ちを繰り返すまいと戦争放棄を謳う憲法を有したはずのわが国の精神を、デズモンドの中に見る思いがした。善悪二元論を超え、暴力に抗い非戦を目指す新しい戦争映画だ。ただし、デズモンドが日本兵さえも手当てするシーンはあるものの、祖国を死守しようとした沖縄の日本兵が地獄絵の中の「敵軍勢」として描かれている点に、演出の限界がみえる。
戦場で武器を手に戦うことばかりが勇気の証ではない
恥ずかしながら、良心的兵役拒否という言葉を本作で初めて知った。宗教上の理由などにより兵役を拒否することで、第二次世界大戦時の米国では1万人以上の良心的兵役拒否者が他の代替業務に従事したという。当時の日本だったら確実に非国民扱いだろう。やはりアメリカは懐が深い。
絶対に人殺しはしないという信念のもと、戦場で人の命を救う医療兵を志願する本作の主人公。個人の力ではどうしようもない社会の大きなうねりの中で、自分が正しいと思うことを貫く。それこそが真の勇気だ。
肉片飛び散る凄まじい戦闘シーンは『ブレイブハート』にも匹敵。と同時に、瑞々しくも味わい深い人間ドラマに、メル・ギブソン監督の成熟を感じる。
メル・ギブソンならではの豪快・一点突破の美学
一点を見つめ、そこに突き進む、いかにもメル・ギブソンの監督作品らしい力作だ。見つめているのは、実在の兵士の人を殺さずに生かすというポリシー。
幼少期のほろ苦い体験、キリスト教信仰、看護の現場の目撃など、主人公のバックボーンが丁寧に積み重ねられているので確かな説得力が宿る。ひたすら逆境に置かれる新兵訓練キャンプの逸話もエモーショナルで、気持ちを持っていかれる。
何よりギブソンらしさが炸裂するのは戦闘シーン。腕や脚がちぎれ、血しぶきが舞う戦場のバイオレンスは『ブレイブハート』『アポカリプト』に引けを取らない。言うまでもなく、主人公の試練の重さを伝えるうえでも効果的だ。
自分の真実を貫く主人公が監督メル・ギブソンに重なって見える
接近戦の戦闘シーンが熾烈。今話していた隣の兵士の頭が、不意に撃ち抜かれる。爆風で身体が飛んでくる。視覚だけでなく、砂塵で息が詰まる、風圧で耳が聞こえなくなる、身体感覚を刺激する演出が生々しい。戦闘はかなり長いのに、緊張感が途切れない。
そして主人公は、人を殺さないことを決意して衛生兵として戦場に行く男。と聞くと、理想主義者の話なのかと思ってしまうがちょっと違う。主人公は、周囲に何と言われようが、どんな状況だろうが、何が何でも自分流の真実を貫く男。そしてがむしゃらにそれを貫き通して行くと、次第に周囲も彼を認めるようになる。そういう物語。それがメル・ギブソン監督自身に重なって見えてくる。
戦場で信念を貫ける強さをもたらしたものは?
医療器具を武器に戦地を駆けた兵士デズモンドの実話には驚くべき逸話が山盛りだ。メル・ギブソン監督は前半で主人公の幼少期や家族関係、武器を持たないと誓った事件を丹念に描き、彼の人間性をしっかり構築する。デズモンドに大きな影響を与えた父親のPTSDを戦友の墓前で苦悩する姿でわからせる巧みな演出も光る。もちろん監督の手腕発揮は終盤の沖縄戦で、スクリーンに広がる戦闘シーンの恐ろしさは息を飲むほど。でも目が離せない不思議!? 敬虔なクリスチャンである監督は地獄のような状況でも信念を貫いたデズモンドの強さを信仰心のおかげと解釈しているが、A・ガーフィールドの熱演が彼の心境にさらなる深みを与えている。
じつはエンタメ要素満載!
『沈黙』に続き、日本を舞台にアンドリュー・ガーフィールドが強い信仰心を持った青年役を熱演しているだけでも興味深いが、その仕上がりは期待以上! 『プライベート・ライアン』との比較もウソじゃない地獄絵図な戦闘シーンはもちろん、そこに至るまでの鬼教官らのイジメに立ち向かうスポ根的展開、美人看護婦との恋愛劇、トラウマたっぷりな家族とのエピソードなど、ドラマ・パートがことごとく巧い。そんなヘヴィなだけでなく、思わず主人公を応援したくなる演出は、どこか『フォレスト・ガンプ』にも近く、サクサク進む139分。『ブレイブハート』以来、“手放しでおススメできる”メル・ギブソン監督作と言ってもいいだろう。