アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル (2017):映画短評
アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル (2017)ライター8人の平均評価: 4.4
見えない階級の壁を打ち破ることの難しさ
フィギュア・スケートのオリンピック出場を巡って、元夫にライバル、ナンシー・ケリガンを襲撃させた悪女トーニャ・ハーディング。だが、本当のところ事実はどうだったのか。当時から証言に食い違いのあったトーニャと元夫ジェフだが、本作は双方の証言を基にした疑似ドキュメンタリー形式で事件の背景と経緯が描かれる。
幼い頃から貧困とDVに苦しみ、人一倍愛されたい、認められたいという願望が強かったトーニャ。彼女にとってスケートは底辺から脱出する唯一の手段だったのだが、結局は貧困ゆえの歪んだ人間関係や無教養によって足をすくわれていく。歴然と存在する見えない階級の壁。そこを打ち破ることの難しさを思い知らされる。
シニカルな笑いと怪演で明らかになる真相
箸にも棒にも掛からない、前作『ザ・ブリザード』を撮ったときには「完全終了」を察したが、『ラーズと、その彼女』のクレイグ・ギレスピー監督が帰ってきた! ハーレイ・クイン以上に魅力的で、悲惨なマーゴット・ロビー演じるトーニャ・ハーディングに、オスカー獲って当然な怪演がヤバいアリソン・ジャネイ演じる鬼母。誰もがアウトすぎるゆえ、愛らしい。インタビュー構成によるシニカルな笑い満載なブラックコメディのくせに、スケートシーンはやたら本気を感じる面白さだ。しかも、事件の実行犯がローラ・ブラニガンの「グロリア」(『フラッシュダンス』のスケートシーンで流れたあの曲!)を口ずさむシーンは鳥肌モノだ。
毒母やDV夫と闘ったトーニャ・ハーディング傷だらけの3回転半
全米初のトリプルアクセルに成功し、2度の五輪に出場したものの、ライバル襲撃事件によってフィギュアスケート人生が絶たれたトーニャ。彼女と夫の食い違う証言を元にした本作は、夢と愛情が屈折し欲望と憎悪が空回りする。貧困から這い上がるためスケート教育を施した、傍若無人な母。出会った男は、DV野郎。競技以前に母や夫と闘っていた彼女の青春は、捻じれまくる傷だらけの3回転半であり、愚かしくもファニー。ゴシップが造り上げる物語より、限りなく実像に近い事件の真相は、カオスの極み。生活のために舞う彼女は、ひたすら堕ちていく。人生を再スタートし再び闘う姿は、監視するメディアと大衆への当てつけのようだ。
これが真相かもと思わせる見事なストーリー構成!
ライバル選手を再起不能にしようとする、という漫画みたいな事件で世間を驚かせたトーニャ・ハーディング。容姿・発言ともにハイソ感の強いフィギュア界で異彩を放っていた彼女の半生を振り返りつつ、事件に真相に迫っていく演出にすぐに引き込まれる。事件関連映像をくまなくチェックし、事件に至る関係者の心模様を丹念にすくい上げた脚本家の手腕が素晴らしい。見終わったとき、これが真実なのだろうと思ったほど。美人女優マーゴット・ロビーが小太りで田舎臭くぶすくれたトーニャを見事に再現したのにも驚いた。ダメ夫や毒母と激しく喧嘩する場面ではトーニャが憑依したかのようで、オスカー候補になったのも当然の熱演だ。
泣けるが笑える微妙な味はギレスピー監督流
すさまじく悲痛な話ではあるのだが、ものすごく愚かな話でもあり、泣こうと思えば泣けるし、笑おうと思えば笑えもする。なるほど現実の出来事とは、そういうものなのかもしれない。実話をそう感じさせる映画に仕上げたところが、監督クレイグ・ギレスピーの腕。この監督がダッチワイフと暮らす青年を描く「ラースと、その彼女」や、多重人格の主婦が主人公のTV「ユナイテッド・ステイツ・オブ・タラ」とテイストに近いものがある。そんな微妙なジャンプをしながら見事な着地ができたのは、主演女優と、母親役、恋人役の熱演があってこそ。とくにマーゴット・ロビー。いつもは美貌の陰に隠れがちな演技力を全稼働させて目が離せない。
単なる醜聞の映画にあらず、これは『セッション』級の力作!
フィギュアスケート界を震撼させた事件を基にしているが、それにとらわれる必要はない。映画の軸は、あくまでトーニャの半生で、その壮絶さを目撃することに本作の意味がある。
貧困と暴力の中で育ち、スケーターとして注目を浴びながらも、そこから抜け出せないトーニャの苦闘は、あたかも肉食獣のもがきのようで、それはスキャンダルの後にも続く。そこに何を見るかは、人生経験に左右されるだろう。
スパルタ的バイオレンス描写の一方でユーモアも宿る。こういうタイプの映画で連想したのは『セッション』。そのどう猛さに筆者が魅了されたように、この映画にハマる人はトコトンはまるに違いない。エンディングの曲も最高だ!
テクニカルエレメンツでは、このマーゴット、金メダルでしょう
基本、実話とはいえ、登場人物たちの胡散くささは笑っちゃうほどのレベル。事件の真相に迫る映画ではない。皆が皆、自己中心的で、モラルや人間性が欠如し、その点だけはおそらく「真実」だろう。しかし、近くにいたら嫌気がさす彼らに、ぐいぐい感情移入させる。そこに映画のマジックを実感する。よせばいいのに、暴力夫と何度も寄りを戻すトーニャ。腐れ縁も人間のサガだと納得。
マーゴット・ロビーは、悪意と素直さの入り交じった感情表現はもちろん、ジャンプやスピンは映像処理として、ハーディングの氷上での腕の使い方、演技後の「どうだ!」という表情を完コピしていて恐れ入る。「技術点」ではオスカー主演女優賞に値するのでは?
個人的に、2017年アメリカ公開映画のトップ3に入る
今40代半ば以上の人なら、このスキャンダルを強烈に覚えているはず。私はすでにアメリカにいたのだが、当時、彼女はさんざん深夜トークショーのジョークのネタにされたものだ。ライバルを蹴落とすために、元夫を使って相手を襲撃させたのはいいが、すぐにバレた悪女。バカにされて当然だろう。だが、彼女の側にはどんな話があったのか?この映画は、彼女を美化することも、正当化することもなく、ある意味淡々と、ユーモアも交えつつ語っていく。そこに描かれるのは、私たちが知らなかったトーニャ。DVを容赦せず描き、かつ、暗くもなりすぎない、絶妙なバランスを達成したのは、ものすごいこと。本当に大傑作である。