犬王 (2022):映画短評
犬王 (2022)ライター7人の平均評価: 4.1
時代も文化も超越した普遍的な若いエネルギー
生まれつきの特異な容姿のせいで野良犬のように扱われる若者・犬王と、数奇な運命によって視力を失った琵琶法師・友魚が京都で出会い、従来の型にハマらぬ演奏と舞で民衆を熱狂の渦に巻き込んでいく。室町時代に実在したとされる謎の能楽師・犬王を題材に、歴史の彼方に忘れ去られた者たちの魂の不滅を描いた作品。既存の権威に抗って新しい文化を生み出す。いつの時代も彼らのような若者がいたのだと。ロックンロールに野外フェスにネオジャパネスクと、時代も文化も超越した普遍的な若いエネルギーを、自由奔放かつイマジネーション豊かに描き出す湯浅正明監督の演出は絶好調。そのファンタジックな世界観は相変わらず魅力的だ。
虐げられる者とアートと権力と
謎に包まれた実在の能楽師・犬王の物語を、湯浅政明監督らしいアニメーションの快感に満ち溢れた映像で描いた中世ロックンロール絵巻。異形の犬王と盲目の琵琶法師・友魚は「報われぬ者たちの物語」を歌い、舞い、民衆の圧倒的な支持を得るが、やがて権力と暴力に踏みにじられていく。カウンターカルチャーの危険な香りを、耳障りのいいサビや高揚感のあるハイパーなサウンドではなく、ゴロッとした手触りの60年代風ブルースロックで表現したのがユニーク。今の観客にはポップに聴こえないかもしれないけど、犬王と友魚はまぎれもなく「ポップスター」だった。観終わった後、ざわっと胸に残るのは、虐げられる者とアートと権力の関係だ。
どの時代にも、権力の脅威となるカリスマは現われる!
ジミヘンにTボーン・ウォーカー、M・ジャクソン、ベジャールなどをほうふつさせる、ロックと肉体表現が一体となった点に目を見張る。
これらの洋的要素を、室町の世に置いて“和”に変換。映像自体はカラーだが、この時代の北山文化らしい水墨画的な淡い色あいも印象的で、表現者のストイシズムとリンクする。
何より興味深いのは物語だ。虫のように殺された源平合戦の魂を集め、芸に変えて時代の寵児となる主人公たち。しかし権力はこの波を許さず、彼らは源平の亡霊たちと同様の末路をたどる。歴史は繰り返す。ならば、また権力を脅かすアートが出現するだろう。そんなロックなメッセージが聞こえてくる。
魂震える、室町フェス開催!
その題材や「サイエンスSARU」制作から、大胆な解釈で話題を呼んだアニメ「平家物語」のスピンオフともいえるが、実在の能楽師をポップスターとして描き、和製ロックオペラとして仕上げるあたりは、さすがの湯浅政明監督作。おなじみの肉体表現によるトリップ感がハンパなく、想像を超えてくるアヴちゃんの歌声と室町フェスなグルーヴなどから『ボヘミアン・ラプソディ』に近い高揚感を体験できる。優れた音響システムの劇場で観ることをおススメするが、「ピンポン」と異なる化学反応を起こす松本大洋とのキャラデザや、成り上がりバディものとしてカタルシスを感じさせる野木亜紀子の脚本など、あっぱれなコラボにも注目だ。
京の都のポップスター誕生譚
湯浅政明監督の最新作はなんと平家物語からインスパイアされたアッ驚くミュージカルアニメーション。
流れるような湯浅タッチは過去作からも音楽との相性の良さを感じさせていましたが、今回は音楽に全振りしてきました。また脚本が野木亜紀子というのも意外な組み合わせで驚きました。
アヴちゃんと森山未來という表現者として様々なツールを持つ二人が今回、声だけで狂騒の主を演じ切ります。
この二人の組み合わせなら普通に舞台版とかも見たいですね。
和製ロックオペラ、ロックミュージカルというのはなかなか難しいのかなと思っているのですが、アニメーションだとこんなにも見事に成り立たせてみせるんですね。
"肉体"を使って表現することの快楽
抽象化に優れた手法である"アニメーション"を用いて、あえて"肉体"を使って表現することから生じる快楽を描く試み。人間の身体が動く。踊る。声を出す。歌う。その歓喜を描く。特に、異形の主人公が、面で顔を隠し、奇妙な形をした身体を動かして生み出す舞踏が魅惑的で、この動きがもっと抽象的な映像表現に変化していけば、よりそれを見る快感が増すと思わせるのだが、あえてそうしないのは、すでにこの監督は自身のアニメ『MIND GAME マインド・ゲーム』『夜は短し歩けよ乙女』等で、動きの抽象化、幾何学模様化を試みているからだろう。猿楽、琵琶法師、平家物語など歴史的事物の数々が、さらに想像力を刺激してくれる。
アニメでウィ・ウィル・ロックさせる至高体験
琵琶がエレキギターと化し、民衆が打ち鳴らす足踏みと拍手、歓声はライヴの熱狂で、やがて物語も室町時代と現代が結びつく。圧巻はアニメによるダンス表現で、ベジャールの「ボレロ」を思わせる振付など、ここまでアーティスティックに、踊る肉体の常識を守りながら魅せた例は初めてかもしれない。
めくるめく色使いとともに、本能的テンションを上げるパフォーマンスシーンは、不思議なキャラに生命を与えるアヴちゃんの変幻自在ボーカルもあって陶酔の時間が続く。
その運命と共に変容する肉体、美しい時間と暗闇のコントラスト、視力を失った者にとっての世界…など、多くの演出にアニメを革新する野心が溢れ、めまいの連続となった。