ワイルド・ローズ (2018):映画短評
ワイルド・ローズ (2018)ライター7人の平均評価: 3.7
大人になり、親になって、なお夢を追うための考察
仕事に育児と、成人後の人生は責任の重さが増していくものだが、そんな中で個人的な夢を追うことは可能なのか? 人間的な温かみとともに、そのヒントを提示した好編。
育児放棄状態で仕事もいい加減なヒロインに、最初は見ていてイライラさせられる。それでも、目標をしっかり見る意思には共感できるので、成長のドラマにも心をつかまれる。
それを彩るのがヒロインの堂々たる歌声。『ジュディ 虹の彼方に』では主人公に歌わせるキャラを演じてイイ味を出していたJ・バックリーが、ここでは熱唱。ジャニス・ジョプリンばりの声にも変化する歌唱力は、主人公の“夢”に説得力を持たせるうえでも効果大。
夢と現実の狭間で苦闘する天才歌手に共感!
主人公ローズはカントリー歌手志望の英国人女性。その天賦の才は誰もが認めるところだが、しかし彼女が生まれ育ったのは寂れた地方都市。貧しい労働者階級の出身で教養がない彼女は人生を切り拓く術を知らず、多くの低所得者層女性と同様に若くして2人の子供を持つシングルマザーだ。しかもカントリーは英国だとマイナーなジャンル。そんなヒロインが、どうしても夢を諦めきれず、誤った選択を繰り返し、周囲の人々も自分自身も傷つけてしまう。人間誰しも生まれてくる環境を選べない。夢を追う権利は平等だが、しかし与えられた条件は不平等。その現実とどう折り合いをつけるのか。夢追い人の誰もが身につまされ、同時に救われる映画だ。
不屈の歌姫にローズという名は、よく似合う
タイトル=主人公の名前から思い出すのは、主題歌が今も歌い継がれる、1979年のベット・ミドラーの『ローズ』。音楽のジャンルや作品テイストこそ違えど、私生活で追い詰められる苦悩と、その反動のように魂を込めた歌。2つの融合が時を超えてリンク。
今回のローズも「共感できない度」は高く、自分の夢に固執して、周囲、特に子供たちの哀れさが際立つ展開。しかしそれも作品の狙いで、ダメ主人公が、なぜ歌いたいのかに本気で向かい合う過程がドラマチックと化す。親子の屈折した愛情、夢と挫折のやるせない反復…と、『リトル・ダンサー』などイギリス映画の得意技を受け継ぎつつ、ローズがアメリカ音楽を目指す「ひねり」も新鮮。
冒頭から絶妙な選曲にシビれる
『ジュディ 虹の彼方に』では振り回されるマネージャー役だったジェシー・バックリーが、今度は“グラスゴー育ちのじゃじゃ娘”として、周囲を振り回す面白さ。しかも、冒頭に流れるプライマル・スクリーム「Country Girl」のカヴァー(もちろんカントリー調にアレンジ)という絶妙な選曲にシビれるが、それら劇中に流れる歌声がバックリー本人ということに驚かされる。単なるサクセスストーリーではなく、「どう、夢と向き合うか?」をテーマに展開する、2人の子を持つ母親としての成長物語。次作となる『イントゥ・ザ・スカイ』でも逆境に立ち向かう女性の芯の強さを描いたトム・フーパー監督作らしい一作といえる。
グラスゴーでナッシュビルを夢見るヒロインに胸が熱くなる
「夢はどこであきらめなくてはならないのか」という問いに「あきらめなくていい」とい答えてくれるのがこの映画。ただ、その追求の途中で「自分が本当に求めているのは何か」を見失ってしまうのが問題なだけなのだ。グラスゴーで生まれ育ったのに、アメリカのカントリーソングを愛してナッシュビルで歌うことを夢見る本作の主人公も、やっぱりその落とし穴に陥りそうになる。
そんな主人公が、映画の冒頭から魅力的。かなり自分勝手でもあり、いろんなことを間違えて失敗ばかりしている人物なのに、それでも好きにならずにはいられないのは、彼女がずっと前を見て走り続けているからだろう。見ていると一緒に走り出したくなる。
ジェシー・バックリーの歌唱力に驚く!
カントリー歌手を目指すローズが夢に向かって踏み出す音楽ドラマで、ストーリー自体に新しさはない。が、物事がうまくいかないことに対しあれこれと言い訳をするヒロインの弱さや浅はかにイラッとさせつつ、ローズを支える人々の愛情描写でバランスを取った脚本は好感度高し! センチメンタル好きなので、ローズと母親の関係にウルルッ。J・ウォルターズ演じる母親のキャラ設定が素晴らしく、終盤でのローズの人間的成長を納得させる。『チェルノブイリ』の熱演が印象的だったJ・バックリーは、ローズのさまざまに揺れる感情を的確に表現する快演。しかも圧倒的な歌唱力でスクリーンを支配する。まさにスター誕生だ!
女性が主役の音楽映画の中でも一味違う
「アリー/スター誕生」「ティーンスピリット」「ポップスター」など、最近は、主演女優が歌う音楽映画が豊作。日本未公開作も入れれば、エリザベス・モス主演の「Her Smell」もあった。それらにはそれぞれ個性があるものの、今作は、カントリーを歌うスコットランドの元服役囚という設定がまず、かなり新鮮。この前には小さな役でちらほら出ていた程度だったジェシー・バックリーの歌唱力と演技力に、新発見の喜びを感じることができるのもプラスだ。彼女はまた最高にチャーミングで、スクリーンにぐいっと惹きつける力も持つのである。カントリーファンでなくても純粋に楽しめる歌の数々も、大きな魅力。