あの頃。 (2020)：映画短評

　バンド活動に挫折して人生どん底の若者を救ってくれたのは、キラキラと輝く松浦亜弥の笑顔。それをきっかけにハロプロの世界にハマってしまった彼を中心に、うだつのあがらない日常をアイドルへの一途な愛に捧げる大人たちの、愉快で気ままでバカバカしいヲタ活の日々を賑やかなノリで描く。もちろん、いつまでも永遠にそんな幸福が続くはずもなく、いずれは目の前の現実との折り合いを迫られることになるのは世の常。そんなほろ苦さと甘酸っぱさを織り交ぜつつ、「好き」という素直な気持ちを人生の糧にしていく主人公の成長譚に、健全なるヲタクの理想的な生き様を垣間見るような気がする。

　何かに熱烈に入れ込んでいる人間はオタクと呼ばれ、ときに“キモい”と蔑まれたりもする。そんな社会性を俯瞰しつつ、オタクの人間ドラマに切り込んだ愛すべき一本。

　オタク仲間たちの絆と葛藤が物語の主軸。「アホやなあ」と言い合い、自分もアホであることを理解している者同士の関りがユーモラスかつリアル。何より、貧乏をしながらも「今がいちばん楽しい」と言い切れるキャラの声にグッときた。

　松坂桃李や仲野太賀ら、注目の役者たちがそれぞれの役割を心得ながら見せる演技のアンサンブルも素晴らしい。彼らの姿に同類的なオタク心がシンクロして、つい涙してしまったことは、ここだけの話にしておきたい。

あややのMVで人生が変わった青年を軸にした男子の友情物語は、主要キャラがアイドル好きというだけで普遍的な青春ものと変わりない。短い青春を推しに捧げ、惜しげもなく愛を注ぐとともに同好の士と熱きアイドル愛を語らう。一方的な愛は不毛に思えるが、好きを一途に貫く姿に清々しさも感じた。いろいろとトラブルを持ち込み、仲間の恋人に横恋慕するかなり面倒くさいコズミンをもおおらかに包み込む男たちの絆が胸に響いた。松坂桃李にオタク役はハードルが高すぎると思いきや、意外にも役にハマっている。こじらせまくったコズミン役の仲野大賀からも目が離せない。女子にはモテないオタクのピュアな愛とプライドを感じさせる傑作だ！

今泉力哉監督作としては、かなりの変化球といえるが、あざとさもなく、“永遠の片想い”を描いたラブストーリーという意味では、これはこれで今泉作品。ちょっとした揉め事や、自身にとってはスローモーションと化す握手会など、ドルオタあるあるを淡々と描きながら、やっぱり「恋ING」に泣かされる。「遊戯王」愛など、元々オタ気質が強いこともあって、秒で劔にしか見えなくなる松坂桃李の芝居もスゴいが、ここでもサイテーなのに、愛おしいコズミン役の仲野大賀が総取り！　板の上に立つ側の話として観てしまうと興醒めするところもあるが、懐かしさとともに、いい顔した役者たちのわちゃわちゃ感を楽しむのがベター。

映画が始まって間もなくの、推しメンを語るトークイベント。客席にいる主人公を演じる松坂桃李が、自分のいるべき場所を見つけたと確信し、心からの屈託ない笑顔をみせる。何気ない奇跡の一瞬に、その後の作品全体の魅力が凝縮され、アイドルに夢中の日常をつづる前半は、いい意味でのグダグダした空気感がとても心地よい。
やがて恋愛のエピソードやネットでの論争が物語のノリにブレーキをかけ、現実も侵食してくると、観ているこちらの心も引き潮のように冷静になっていき、その流れに物足りなさも感じつつ、ヒリヒリした傷みは伴う。ある人物が主人公にかける「そのままの自分でいい」と肯定する言葉は、皮肉であり、永遠の真理でもあった。

ハロプロに出会って、人生が変わった男たちの第二の青春の物語。くだらなくも愛おしい連中の姿はとても好感が持てます。
久しぶりに何の力も入ってない松坂桃李がとても微笑ましいです。
ネット黎明期の描写も含めて程よいなつかしさもありました。
そして驚きは松浦亜弥を演じた山﨑夢羽。ハロプロの後輩と言うことで、ファンの間では似ているということは割と知られていたようですが、物語の原動力と言える役を見事に果たしました。
何であっても夢中になれるものがあるっていいのはいいものです。

　原作は、バンド「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシストで、かつて神聖かまってちゃんや撃鉄のマネジメントを担当していた劔樹人の自伝的コミックエッセイ「あの頃。男子かしまし物語」だが伝記ではなく、そこにあった雰囲気を描き出す。アイドルオタクたちの話だが、そのジャンル限定の話ではなく、同じ何かに夢中になった仲間たちが、他はいろいろ違っていてもその１点によって結束し、とてもいい時間を過ごす。いい話になっているのは、これがリアルタイムの出来事ではなく、タイトル通り、現在から「あの頃。」を振り返ったときに見える光景だから。すると雑音は消え、その場所にあった暖かなものが見えてくるのだ。