燃ゆる女の肖像 (2019):映画短評
燃ゆる女の肖像 (2019)ライター8人の平均評価: 4.5
人は誰かを深く愛した記憶があれば生きていける
美しくも哀しく切なく、それでいて希望を感じさせる愛の物語だ。時は18世紀、女性画家が自由に作品を発表することが出来ず、貴族女性が顔も知らぬ男性と政略結婚せねばならない時代。親の決めた縁談を控えた伯爵令嬢と、そのお見合い用の肖像画を描くために雇われた若い女性画家が、まるで自分たちの自由を許さない社会へ抵抗するかの如く交流を深め、やがて友情以上の絆で結ばれていく。といっても、何か劇的な展開があるわけではない。静かに流れていく穏やかな時間。その中で、運命を半ば受け入れた2つの孤独な魂が、束の間の愛に喜びを見出す。人は誰かを深く愛し心で繋がった記憶さえあれば、前を向いて生きていけるのかもしれない。
これは傑作! “映画のエーテル”が全篇に充満している
これは世評に違わぬ傑作だ。まず、1ショットごとの画力が凄い。よく「絵画のように美しい」と譬えられけれども、どこを切っても心かき乱すモーションピクチャーであることをやめない。何というか全篇に、“映画のエーテル”とでも名付けたい特殊な元素、媒質が充満していて、その蠢きに魅了されてしまうのだ。
そして、紡がれてゆくエモーショナルな物語。貴族令嬢と女性画家とのあいだで濃密な“視線の劇”が交わされていき、それは二人で造りあげた肖像画へと結実していく。が、終幕に待っているのは、「不動の視線」から生まれる強烈なパトス。最上の“映画のエーテル”を吸い込んで、後はしたたか打ちのめされ、陶酔するばかりだろう。
人生の選択肢が少ない時代の女性の恋が切ない
ラストシーンが感動的で、この余韻を残したまま再見したいと思ってしまった。民主主義はもちろん、同性愛が認知されていない18世紀を舞台に女性画家と貴族令嬢が静かに、そして着実に恋の炎を燃やす様が美しく描写される。互いを見つめ合い、そっと肌に触れながら想いを確かめる二人の姿に恋愛経験のある人なら誰もが共感するだろう。望まぬ妊娠をした女中をめぐるサブストーリーでは、死と自由の微妙なバランスを感じた。ギリシャ神話のオルフェをめぐる解釈で二人の関係とその後を示唆する演出も知的で素晴らしい。強い眼差しが印象的なN・メルラン、繊細な心理演技で魅了するA・エネル共に快演だ。
息を呑むほどの静寂と美しさ、そして力強さ!
主人公の画家が島に上陸する冒頭から、『ピアノ・レッスン』に至る初期ジェーン・カンピオン監督作好きには、たまらない作風だ。それでいて、前評判通りの息を呑むほどの静寂と美しさ、そして力強さに圧倒される。互いの想いを言葉で表現しない、いわば目線のエロスというべき描写が淡々と続くなか、アニメ『ぼくの名前はズッキーニ』の脚本家でもあったセリーヌ・シアマ監督が描く“生きにくさ”がボディブローのように効いてくる。構成やディテールなど、いろんな意味で『君の名前で僕を呼んで』と見比べるのも一興だが、今後はヴィヴァルディ「四季」の「夏」を聴くと、本作を思い起こすほどのインパクトも放つ。
緊迫のセッションに見入る
主要登場人物は女性のみで、封建時代のジェンダーなラブストーリー。男性には身の置き場がないと思われそうだが、そうでないのは“女性の”ではなく、“人間の”恋愛感情の機微をすくいとっているから。
画家とモデルが知り合い、笑い合い、愛し合うことで質を変えていくセッション。おずおずと、しかし確かに進行する、そんな恋愛の風景が実に丁寧に、繊細に描かれている。
興味深いのは劇中で強調される“見る”という行為。画家もモデルもおたがいを観察し、内に秘めた炎にふれる。そういう意味では、女優たちの目線も印象的で、観客を射るような緊張感を醸し出す。これは、映画と観客の緊迫したセッションでもあるのだ。
物語に乗るまで時間がかかるが、稀にみる狂おしいラストへ…
前半は静かな展開で、ドラマのポイントがつかみづらい印象だが、中盤からクライマックスへ急激に高まる激情で、鑑賞後の余韻が異常レベル…という見本のような一作。
肖像画を描く側と、描かれる側。交わす視線だけで表現する、高まっていく想い。そして初めて経験する愛への戸惑い。そこに監督の内に燃えさかる炎の心が重なっているのは明らか。18世紀の物語ながら、ジェンダー、セクシュアリティへの訴求が時に直接的に、時にさりげなく込められ、現代的な感覚を伴うのが本作の凄さだ。
ラストは登場人物の視線、その方向が想像力を刺激。悲しさと、もどかしさ、わずかな幸福感の混じり合った感情に囚われ、しばらく身動きができなかった。
官能が生命力と不可分な形で立ち昇ってくる
祭りの夜、焚火の前で、女たちの官能が生命力と不可分な形で立ち昇ってくる。その形に魅せられる。それは視覚と聴覚を支配し、その瞬間、女たちと一緒に束縛から解き放たれる悦びを味わうことが出来る。
舞台は18世紀の陸から離れた孤島、寒々とした海岸近くにある館。主人公は肖像画を描く女性画家。そのため画面の質感は油絵のような古風で静かなざらつく筆致なのだが、主人公が秘めていたものを解き放つときだけ、画面の手触りが滑らかに柔らかくなる。
女性が画家として認められなかった時代の女性画家と彼女が出会った女性が、自分の生きる力の向かうところを見極め、その方向へと行動していく物語が力強い。
女性たちがお互いを守り合う様子に感動
いまだにこの言葉に抵抗を感じる人もいるのを知っていてあえて言うが、今作は最高のフェミニスト映画である。単なる“レズビアンの恋愛もの”ではなく、いくつもの層があって、女性たちが置かれていた立場を考察するのだ。本人の意思に関係なく会ったこともない男性と結婚させられようとしているエロイーズ。父を継ぎ、画家として仕事をしているマリアンヌ。望まぬ妊娠をしてしまい、どうしていいかわからずにいる使用人のソフィー。そんな彼女たちが、立場を越えて心を通わせ、お互いを支えていく様子は、とても美しい。男をほとんど出さずして、それらのことを語ってみせる手腕もお見事。エンパワメントとはこういうことである。