クーリエ:最高機密の運び屋 (2021):映画短評
クーリエ:最高機密の運び屋 (2021)ライター5人の平均評価: 3.8
国境を越えた熱い友情を描くリアルな冷戦スパイ映画
東西冷戦下の’62年、深まる米ソの対立が核戦争を引き起こしかけた「キューバ危機」。その舞台裏で実際に行われた諜報戦を描く。ソ連側の密告者から預かった重要機密を運び出すという危険な任務を託された英国人ビジネスマン。当局の目をかいくぐる巧妙な諜報作戦は地味だがとてもリアルで、かつてモスクワ特派員だった筆者の父親が様々な工夫を凝らし、KGBの監視・尾行・盗聴など誤魔化しながら取材していたことを思い出す。そんな国家間の争いに利用・翻弄されつつ、絆を深めていく2人の男の熱い友情こそが本作の核心。国は違えどもそこに暮らすのは普通の人々。自由で平和な世界を望む心は同じなのだ。
スパイ劇は急加速。ヒロイズムと覚悟、男たちの絆は静かに迫る
前半は『ブリッジ・オブ・スパイ』など、冷戦スパイもので一般市民が役割を果たす過去作品と似たムードだが、中盤から急激に劇的、いや激的になっていく。
自分たちの命がけの行動で、もしかしたら戦争の多大な悲劇を防ぐことができるかも…。そう覚悟を決めた際のヒロイズム。その炎が静かながら、最後まで燃え続け、壮絶な終盤、本人映像の効果などで加速度的にスパークする流れ。60年代のアナログなスパイ行動も緊迫感をハイレベルに保つ。
意思とは裏腹の運命を強いられた自分たちを重ね、バレエ「白鳥の湖」に主人公たちが感極まるエモーショナルな演出は、これは男たちの、友情よりもさらに深い愛の物語だと暗示しているようだった。
紅茶の国からやってきた素人スパイ!
核戦争突入に怯えたキューバ危機を阻止したのはケネディ大統領の手柄と思っていたら、イギリス人紳士ウィンの暗躍があったと知ってびっくりの実話サスペンス。ソ連の高官ペンコフスキーと友情を培ううちに世界平和への気持ちが増す素人スパイと、裏切りこそが愛するソ連を救うと信じる高官の命がけの情報交換は結構、地味。しかし、007的なアクションとは無縁の諜報活動は緊張感たっぷりだ。大規模な作戦を当事者二人に焦点を当てた脚本家の決断とD・クック監督の丁寧な演出のおかげで二人を取り巻く公私の状況や物語に集中できる。役者陣の好演、時代感あふれる衣装や美術も魅力的。エピローグで流れる本人映像が非常に効果的だ。
政治劇、諜報サスペンスでありつつ、人間ドラマが胸を打つ
抑制の効いた色調と演出で描かれる物語は、実話に基づく政治劇であり、王道のスパイ・サスペンスでありながら、その範疇におさまることなく、最終的にひとりの人間の生き方を描く物語として胸を打つ。
そして、この3つのドラマのどれもが、おろそかにされない。個人を切り捨てる政治の冷酷さ、周囲の人間すべてが敵に見えてしまうスパイの心理、敵との心理的攻防戦のスリル、個人と個人のお互いを信じ切ることが出来るのかという葛藤、それらのすべてが描かれていく。監督は、カンバーバッチとドラマ「ホロウ・クラウン/嘆きの王冠」でも組んだドミニク・クック。静かな画面に、俳優たちの演技をじっくりと丁寧に映し出す。
驚くべき歴史の裏話を効果的かつエレガントに語る
知られざる、驚くべき歴史の裏話。今やっと映画になったことが不思議なくらい、とてつもなく興味深いストーリーだ。カンバーバッチをはじめとする最高のキャストとフィルムメーカーは、この素材を、優れたスリラーかつ感動の人間ドラマとして映像化してみせた。始まりからずっと惹きつけられるが、後半は急激に緊張感とダークさが増す。しかしその変わり目にも不自然さはなく、スムーズでエレガント。この映画のハートである、奇妙な友情の要素が忘れられることはない。今の世の中にも問題はあるものの、こうやって自分たちが生きていられるのは思わぬ人たちのおかげもあるのだと感慨深くなった。