MONSOON/モンスーン (2020):映画短評
MONSOON/モンスーン (2020)ライター3人の平均評価: 3.7
国や民族への帰属意識は仮初の自己証明でしかない
ベトナム戦争終結後に家族と国外へ脱出し、イギリスで育った青年が30年ぶりに帰郷。幼い頃の記憶の断片を探し求め、近代化を遂げたベトナムを彷徨う。懐かしいはずの故郷で感じる疎外感。言葉も分からなければ、文化にも馴染みがない。豊かになった街並みには、かつての面影も殆どない。2つの祖国を持つ同性愛者の彼は、どちらの国でもマイノリティの異邦人だ。そんな主人公の孤独な自分探しを通じて、人間のアイデンティティというものの本質を考察する。結局、国や民族などの集団に帰属意識を求めても、それは仮初の自己証明でしかないのだろう。行間を丹念に読み解いていく必要のある作品だが、それだけに味わい深いものがある。
知っているはずなのに知らない場所が、いつも美しい
幼い頃に離れた故郷ベトナムを訪れた主人公は、その土地を知らない場所としか感じられず、自分を観光客のように感じる。彼が普段からある迷いを持っているせいで感じている、自分はどこにも所属していないという感覚が、旅の中で強まっていく。そんな彼が旅先で目にする光景が、いつも美しい。
撮影は、リズ・アーメッド主演『静かなる侵蝕』やジュード・ロウ主演ドラマ「サード・デイ 〜祝祭の孤島〜」でも、その土地の風景だけが持つ色彩と匂いをカメラに収めたベンジャミン・クラカン。昔ながらの風景と、現代ならではの光景、その双方が幾つも滑らかな映像で映し出されて、目を奪う。
終わらない旅の過程、繊細な揺らぎを描く
『追憶と、踊りながら』の俊英監督ホン・カウ(75年生)の長編第2作。移民としての自身の実体験を反映させた自伝的内容だ。両親の遺灰を埋葬するため30年ぶりに祖国ヴェトナムを訪れた主人公キット(ヘンリー・ゴールディング)。出会い系で知り合ったハンサムな黒人青年ルイスとの甘い時間を楽しみつつ、キットは大都会へと変貌を遂げた“異国のような祖国”を彷徨う。
「ホーム」を見失った者によるアイデンティティの探索。経済成長が著しいホーチミンと、古き良き情緒を残すハノイの街並みが素晴らしい。都市空間の個性と重層性が、まるでテーマパークを巡る観光客のように、本質的な異邦人としてのキットの心象を際立たせる。