リコリス・ピザ (2021):映画短評
リコリス・ピザ (2021)ライター4人の平均評価: 4.3
PTA初心者に打って付けの一本
年上女性との出会いに、運命を感じてしまった高校生の恋話が134分!?と思うかもしれないが、そこは“安心と信頼”のポール・トーマス・アンダーソン監督作。正直何考えてるか分からない登場人物たちが愛らしいうえ、冒頭から縦横無尽なカメラワーク、どうでもいいエピソードを繋いでいるのに醸し出される心地良さなど、いろんな意味での“自由さ”が魅力的に映える。そして、観ていて恥ずかしくなるほどの疾走シーンに胸アツ! わずかな出演シーンにも関わらず、見事なキレ芸で総取りしていくブラッドリー・クーパーも見どころだ。骨太な大作ではない観やすさも含め、PTA初心者に打って付けの一本といえるだろう。
懐かしくも愛おしい'70年代南カリフォルニアの青春
ポール・トーマス・アンダーソン監督の友人でもある映画製作者ゲイリー・ゴーツマンをモデルに、’73年のL.A.に暮らすティーンたちの恋と青春を描く。いやはや、なんという瑞々しさ!『がんばれベアーズ』や『ボーイズ・ボーイズ』を彷彿とさせる世界観は、まさに’70年代の南カリフォルニアそのもの。再現力の高さが凄い。芸能界と隣り合わせの街だけあって、ウィリアム・ホールデンやルシール・ボールをモデルにした人物が出てきたり、バーブラの彼氏だった頃のジョン・ピーターズのとんでもエピソードが実名で描かれたりと、タランティーノ的な虚実入り混じるエピソード群がまた面白い。’70年代のサブカル知識があればなおよし。
ポール・トーマス・アンダーソンの最高純度
地元サンフェルナンドバレーを舞台にしたPTAサーガの中でも究極の一本か。瞼の裏に焼き付く73年の原風景を再構築。『インヒアレント・ヴァイス』もまた近い時期のLAが舞台であり、あちらが愛と平和の幻想が終焉した憂鬱でアシッドな陰画としたら、今作は陽光溢れる甘酸っぱい個的な幻想のカリフォルニア・ドリーミングである。
芸能界周りの風変わりな恋の次第を巡って、米英の多彩なヒット曲がバブルガム的な響きで流れてくる。タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』やクロウの『あの頃ペニー・レインと』とも繋がる組成で、HAIMやホフマン家との長年の交流も美しく結実。アラナ&クーパーは最高だ!
奇妙な感触なのに、気づくと作品に吸い込まれていた
15歳にして子役だけでなくビジネスに手を広げる主人公の野心や、10歳上の女性との対等な恋愛関係、周囲も含めて唐突な言動…と、全体にどこか非現実に感じたり、観ていて混乱したりもするが、「全力で走る」など主人公たちの肉体性が映画のエネルギーとなって物語の芯に引っ張り込んでいく。
あるシーンでの車のアクション、その斬新さとムードも作品全体を象徴。今は亡き天才俳優のDNAに触れる喜びも。
全編に映画ネタとオマージュ、70年代カルチャー、お遊びの演出が、これでもか状態で詰め込まれ、タランティーノ「ワンス・アポン〜」との双璧感。ノスタルジーを超え、すべてが観ていて愛おしい。改めて監督の独自の才能に敬服。