秘密の森の、その向こう (2021):映画短評
秘密の森の、その向こう (2021)ライター6人の平均評価: 4
秘密の森で出会ったのは、自分と同い年の母だった
さよならも言えずに亡くなった祖母。悲しみのあまり姿を消した母。かつて母が遊んだという森を散歩していた8歳の娘ネリーは、そこで自分と同い年の少女マリオンと親しくなる。彼女の家に案内されると、そこはなんと祖母の家。マリオンは幼い頃の母で、家にはまだ若い祖母がいた。いわば、時空を超えた母娘の友情ドラマ。母にも自分と同じように多感な少女時代があり、優しい母親(=祖母)から愛情をたっぷりと注がれ、将来への夢も希望も不安も抱えていた。そこで初めてネリーは、自分の知らない「娘」としての母を知り、その深い喪失感を理解する。シンプルなストーリーだけに、誰もが自身と親を重ねてしまうはず。なんとも切ない映画だ。
繊細と好奇を煮詰めた、美しきファンタジーに酔う
『燃ゆる女の肖像』のシアマ監督が同作の繊細かつ情熱的なタッチもそのままに、ファンタジーに着地する物語を演出。
8歳の少女が同年齢の母と対峙するファンタジーはハリウッド的、さらにいえばジブリ的ではあるが、それらと異なるのは音楽の使い方。静謐な世界が続くと思いきや、ここぞという場面に鳴る音にファンタジーらしいときめきを覚えた。
ミステリーと温かさの両極で揺れる物語の中で、ほっこりとさせるのは、子役のサンス姉妹のたたずまい。彼女たちの、いかにも子供らしい独特の(ややガニ股な!?)歩き方が、ビジュアルの美しさと相まって寓話風の印象を残す。『燃ゆる~』とは逆サイドに触れた鮮烈。これは必見!
ジブリ感満載なファンタジー
前作『燃ゆる女の肖像』同様、寓話とリアリズムを融合させた世界観において、2人のヒロインが魅力的に映えるセリーヌ・シアマ監督作。森という空間で、5人の物語が展開される構成など、シンプルさが大きな肝となっているが、シアマ監督は撮影中に方向性を見失った際、「宮崎駿監督ならどうする?」と自問自答。そのため、『となりのトトロ』のほか、『思い出のマーニー』(湖畔でボートに乗る情景も!)など、ジブリ感満載。情熱的な前作とは対照的な熱量を放っているところもジワるなか、衣装の配色など、綿密に計算されつつ、極力無駄を削ぎ落した72分。かつて子どもだったオトナのためのファンタジーといえるだろう。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』より『異人たちとの夏』的
自分と同じ年代の親と出会う本作は、冷静に考えればSFだが、時空を超える「理論」ではなく「叙情」が心にしみる世界が、主人公が若き両親と絆を育む『異人たちとの夏』を思い起こさせた。
友達になった同い歳の少女が母親だと“感づく”プロセスも、突然ではなく、じっくりと、さりげないのが好印象。
自分と母の少女時代を双子姉妹が演じているので、あまりの相似に一瞬混乱するのだが、各自の衣装がブルー系(自分)、赤系(母)で統一され、わかりやすい。その衣装のカラーが交わるシーンの意味も考えさせられる。
自身の子供時代の親との関係、あるいは現時点での親子関係を重ねたとき、観る人それぞれで感応ポイントも変わる作品かと。
もしも自分と同じ年齢だった頃の母に出会ったら
母親も自分と同じ年齢だったことがある、という事実は、理性では理解できるが、感覚として実感することは難しい。それを体感するのが、本作の主人公である8歳の少女ネリー。彼女は祖母の家の近くの森で、自分と同年齢の8歳の母親に出会う。ネリーは母親にどうに接するのか。それによって何を知るのか。ネリーの行動を見ながら、自分だったらどうするか、想いはあちこちに彷徨う。
その森の黄金色の秋が、みずみずしく美しい。撮影は『燃ゆる女の肖像』で本作のシアマ監督と組み、『スペンサー』でも映画賞で注目を集めたクレア・マトン。湿って冷たい晩秋の森の大気を捉えながら、そこに生まれる小さく暖かな世界を見事に映し出す。
最も身近な人のことを、本当はよく知らない
自分の親にも、自分と同じ年齢の時があった。当然そんなことはわかっていても、実際にその頃の親について深く考えてみることはあまりないのでは。この映画のはじめで主人公の少女は、子供の頃はどうだったのかと父に聞くが、父は適当にしか答えてくれない。話すほどのことではないと思うからか、それとも忘れたからか。だが、少女は、森の奥で、8歳だった頃の母と出会う。そして、その頃の母を本当に知っていく。愛に満ちたこの映画を見終わると、親についての気持ちが変わる。そして、もっと大切にしないとと思う。この映画の会話にあるように、最後の「さようなら」がいつ来るのか、誰にもわからないのだから。美しいフェアリーテール。