レッド・ロケット (2021)：映画短評

S.ベイカーは現代アメリカの底辺を描く社会派イメージがあるが、彼はコメディ作家としても際立った存在。主人公は自称ポルノスターだったが、一文無しになって別居中の妻の家(いわゆるプアホワイト)に転がり込む無責任男。でも下半身が大人しくしていられるわけもなく、ドーナツショップの17歳の少女にポルノスターの素質を見出し、LAに戻ってカムバックを目指す。『タンジェリン』ではiPhoneを、『フロリダ・プロジェクト』では35mmフィルムを使用していたが、今回は16mm撮影。メディアは違えど広々とした空の風景は彼の映画の特徴であり、それを愛でるだけでも価値がある。ラストショットがもう完璧。

ゲス男がダメ人間の巣窟に帰郷し、ドーナッツ店で働くストロベリーちゃんに恋したことで、いろいろと歯止めが効かない『アメリカン・ビューティー』状態に。問題だらけのR18＋だが、そこはすべり知らずのショーン・ベイカー監督。『続・激突!/カージャック』を意識したテキサスの空気感で、往年のイタリア艶笑コメディへのオマージュたっぷりに、今回も泥臭いのにキラキラした人間讃歌として着地。彼女をポルノ業界に入れて、自身のカムバックを企む“悪い男”を演じるサイモン・レックスは、過去に出演したエロビデオ流出経験者だけに芝居が笑えるほどリアルだし、イン・シンク「Bye Bye Bye」の使い方にも注目だ。

ショーン・ベイカーはいつも、社会から見過ごされている人たちを優しい目線から生き生きと描いてきた。そんな中でこれは個人的に彼の最高傑作。最近作2本の主人公は売春婦だったが、今回はポルノ男優。「チワワは見ていた　ポルノ女優と未亡人の秘密」（日本劇場未公開）のリサーチでポルノ男優と会った時にインスピレーションを得ていたとのことで、ひとまわりしたと言うべきか。今回もまた素人を脇にうまく起用し、リアルさを高めている。素人ではないものの、主演俳優としては未知数のレックスを抜擢した（それも撮影開始の3日前に！）直感と勇気にも拍手。絶望的な状況なのに妙な明るさと希望のあるラストも彼らしく、心に残る。

映画のキャラとしてはめちゃくちゃ楽しいけど、実生活で近くにいたらウザくて耐えられない主人公。地元に帰ってきた元ポルノ俳優マイキーの、自虐的な生活と、まだまだ人生も恋愛も諦めてないしぶとさに、口の上手さがかぶさり、とにかく観ていて飽きない。映画自体、ひたすらテンポが良く、どんどん次のシーンへ進んでいく構成も、マイキーの性格に合っている。そして演じるサイモン・レックスもポルノ出演経験アリの俳優なので、テク自慢や、中年で仕事がなくなった悲壮感にやたら説得力が。
ダメ男ムービーとして切実でシリアスな部分も用意されつつ、テキサスの小さな町のカラフルな家並みが頻出したりして“カワイイ映画”としての味わい。

2016年の米大統領戦中の夏、ハリウッドから故郷テキサスの田舎に戻ってきたポルノ男優。この落ちぶれた男性セックスワーカーが、ドーナツ店のバイト高校生の少女を新たなスターにしようと夢見る。いわゆるホワイトトラッシュの激安なアメリカの肖像。今の「政治的な正しさ」からこぼれ落ちた人間のユルい日常。おとぼけで機能不全な「有害な男性らしさ」の喜劇。

S・ベイカー監督は画面から排除されがちな「リアル」を可視化し、寓話化する。冒頭＆要所のイン・シンク「Bye Bye Bye」や、『ワイルド・スピード』のパロディ映画にも出ていた主人公の「P・ウォーカーが死んで俺も役からハズされちまった」との台詞なども巧い。