ネクスト・ゴール・ウィンズ (2023):映画短評
ネクスト・ゴール・ウィンズ (2023)ライター6人の平均評価: 3.7
ワイティティ流の美味しく食べやすいソウルフード
なんて気持ちの良い映画! まずはハリウッドセレブ化したワイティティが本来の世界に帰ってきたことを喜びたい。舞台は米領サモア。ロケ地はオアフ島だが、母国ニュージーランドでの初期作『ボーイ』等に近いローカル色を漂わせるポリネシアへのバック・トゥ・ルーツ映画。作家としての成熟もあり、フィルモグラフィ全体でも出色の一本となった。
題材は『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム~』と同じ実話だが、『がんばれ!ベアーズ』型の黄金の説話構造と合体。さらにサモア流の大らかな人生哲学をたっぷり乗っけた、人懐っこい絶品の仕上がり。タビタさんの台詞「なら負けましょう。皆と一緒に」にはほっこり。
脱・スポ根!……の妙を味わう
ガッツや根性のような汗臭い要素から距離を置き、サラリとユーモアをにじませる。そんなワイティティ作品の妙味を味わえる実録ドラマ。
世界最弱のサッカーチームの実話を描きながらも、その奮闘は控えめで、むしろ彼らを鍛えるためにやってきたコーチの心の変化にスポットを当てる。勝利へのこだわりから生じるピリピリした空気からの解放。そこに人生の喜びが見えてくる寸法だ。
そういう意味ではスポーツ映画ではあってもスポ根映画ではない。南洋の島ののどかな空気感も効果大で、勝った・負けたはどうでもよくなってくる。
キレ芸も見どころな“サッカー版『クールランニング』
ドキュメンタリー『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム0対31からの挑戦』を劇映画化。“サッカー版『クールランニング』”なスポ根モノなのは一目瞭然だが、そこは笑いにうるさい(&出たがり)タイカ・ワイティティ監督。子どもの使い方など、かなり『少林サッカー』を意識しつつ、『ベスト・キッド』などの小ネタを挟んで飽きさせない。とはいえ、あくまでも崖っぷち鬼コーチ演じるマイケル・ファスベンダーのキレ芸が見どころであり、“第3の性”を持つジャイヤ以外の選手のエピソードが弱すぎる。事実ゆえに、必殺技なプレイもなし。そのため、カタルシスに欠けるが、ライトコメディとしては十分楽しめる。
穏やかムード優先のスポ根ムービーとして、けっこう斬新?
舞台となるサモアの心地よさ、空気感を、そのまま作品のムードに取り込んだ印象。強烈なトリガーとなりそうなジェンダー問題、カルチャーギャップも、どこか優しく包んで描こうとする作劇にこの監督らしさを感じる。
鬼コーチだが、その実は弱さも備え、人生に不器用な面もある主人公で、『ザ・キラー』の冷徹仕事人とは真逆のM・ファスベンダーに出会える喜びも。
『ベスト・キッド』から『エニイ・ギブン・サンデー』まで、さまざまな“スポ根”映画への目配せを取り入れながら、展開的に大きなカタルシスを予感させつつも、そこは意外にサラリとした感触で、ここにも監督の温もり的センスを実感。ゆったりした感動に浸りたい人にオススメ。
やっぱりちゃんと楽しい
”この監督でこのテーマなら外しはしないだろう”という観客の事前の心構えのようなものは時として変なプレッシャーや誤解を生んだりすることもあると思います。しかし世界最弱のサッカーチームの一念発起の物語(しかも実話)をタイカ・ワイティティが監督すると言われたらそれはまぁ面白いこと間違いないと思ってしまう方が自然だと思います。監督は劇中の愛すべき下手くそたちを非常に優しくそしてちょっと皮肉も入った何とも言えない視線でもって、描き出します。サッカーについてはプロなコーチも人生の舵取りは下手くそなのがまた良いです。104分と大仰な物語ではありませんが愛すべき映画です。
スポーツ実話感動作にもう一つ魅力をプラス
いわゆるスポーツ実話感動ドラマによくある、弱小チームが一念発起して大奮闘というフォーマットを踏まえつつ、そのドラマにのせている感情が、他の類似作とはまるで違うというユニークさが魅力。試合に勝つことは何よりも大切なのか、人生にはサッカー以外のものがあるのではないか、チームのコーチをする主人公の胸中に、次第にそんな問いが生まれていく。監督・脚本のタイカ・ワイティティがそんな独自のドラマを意図しているのは、本来ならクライマックスになるはずのゴールのシーンの描き方でも明らか。サモア系俳優たちが演じる、地元のサッカー協会会長やアシスタントコーチから発せられる、ユルくて温かな雰囲気も気持ちいい。