ナチスに仕掛けたチェスゲーム (2021):映画短評
ナチスに仕掛けたチェスゲーム (2021)ライター4人の平均評価: 3.8
悪意や不寛容に警戒せねば、世界はいとも簡単に壊れる
ナチスドイツへの併合で暗黒の時代を迎えた戦前のオーストリア。古き良き欧州の自由と博愛の精神を信じ、「さすがに最悪の事態は起きないだろう」と悠長に構えていた裕福なユダヤ人が、ゲシュタポから精神的・肉体的な責め苦を受けることになる。タイトルにもなった「チェスゲーム」をキーワードに、暴力による精神支配へ対する主人公の抵抗を、監督が言うところの「カフカ的な手法」で描いた心理サスペンス。その多重構造的な物語から浮かび上がるのは、崇高であると同時に野蛮でもある人類の二面性、そして不寛容が蔓延する現代社会への警鐘だ。自由な世界がいかに脆いのか。人間の悪意がいかに恐ろしいのか。我々は常に警戒すべきだと。
楽天を破壊する、恐怖の時代を生きる
“文明の表層がいかに薄く、どれだけその近くに蛮行が横たわっているか?”と監督は本作のテーマを語るが、それも納得。ナチスの蛮行を通してヘビーな物語が展開する。
ファシズムとは無縁と思っていた主人公の運命は第三帝国の台頭によって一変。段階的に希望を打ち砕かれ、人間性をもジワジワと歪められていくさまが痛々しい。そんな過去と、心を病んだ今を、チェスをモチーフにしてつなぐ構成が面白く、それぞれのゴールの結びつきが興味を強く引き寄せる。
『帰ってきたヒトラー』の軽妙な独裁者役から一転、O・マスッチの虐げられた者の熱演は鬼気迫るものがある。楽天家の思考を粉々にするファシズムに、改めて戦慄を覚えた。
恐怖と狂気、混乱の後には意外な結末が
邦題はご覧の通りで、英語題も「Chess Story」。チェスについての話かと思わせるが、実は精神力の話。映画は、ニューヨーク行きの船を舞台に、過去のフラッシュバックを行き来しながら展開する。船に乗ったばかりの頃と、“過去”の初めの頃が交錯するあたりはそうでもないが、やがてどちらの状況も次第に恐怖と狂気を増していき、境目があやふやになっていく。観客は多少混乱もさせられるも、それは主人公自身も感じていること。そして最後には予測しなかった結末が待っている。その結末が、メッセージをよりパワフルにするのだ。すべてのシーンに登場し、表情で主人公の苦悩、葛藤、トラウマを表現するオリヴァー・マスッチは見事。
監禁された男が、自由でいる方法を見つける
原作が、ナチスを避けて亡命したオーストリアのユダヤ系作家シュテファン・ツヴァイクの「チェスの話」と知ると、興味を持つ人もいるのではないか。映画が描くのは、邦題から受ける印象とは少し異なり、何もない部屋に閉じ込められた男が、自分の頭の中に"自由でいられる場所"を作ろうとする物語。その場所を作るために、偶然手に入れたチェスの本を使う。
映画は、その部屋から解放された男の行動と、彼が思い出す監禁されていた時の体験を、交互に描いていきつつ、ある仕掛けが施されている。そうした物語を『アイガー北壁』のドイツ人監督フィリップ・シュテルツェルが静かな筆致で描き出す。