フィリップ (2022):映画短評
フィリップ (2022)ライター2人の平均評価: 4.5
今までになかった視点でナチス政権下のドイツを描く
ナチスに婚約者も親兄弟も皆殺しにされたユダヤ系ポーランド人の青年が、復讐を胸にフランス人に成りすましてナチス政権下のドイツへ潜入する。よくある対独レジスタンス物かと思いきや然に非ず。美しい容姿を武器に宿泊客のドイツ人女性を誘惑する彼は、女性らと肉体関係を持つことでナチスの掲げる純血主義を冒涜。さらに、外国人労働者の仲間たちと放蕩三昧の生活を謳歌することでナチスの圧政を嘲笑う。あまりにもちっぽけで独り善がりなリベンジ。しかし、そもそも巨悪に対して個人が出来る抵抗などたかが知れている。その虚しさと無力感。こういうミクロの視点であの時代を描いた作品は珍しい。『関心領域』と併せて見るのもおススメ。
勝利なきニヒリズムの行く末は?
ナチスに対するユダヤ人の復讐を描いた作品は少なくないが、本作には独特のリアリティがあり、興味深く観た。
ナチスドイツに逃げ込み、ユダヤ人であることを隠して高級レストランのボーイの仕事を得た主人公。しかし、できることと言えばスープにツバを吐き、ドイツ人女性を誘惑してチンケな征服欲を満たす程度。そこに生じる虚無を見据えている点が面白い。復讐と言っても、体制に対して個人ができるのはその程度だ。
原作者の実体験に基づく物語とのことだが、やるせなさに共感できるのはリアリズムの表われ。主演を務めたE・クルムJr.のニヒルな存在感も光り、焼き付き度はきわめて高い。