シド・バレット 独りぼっちの狂気 (2023):映画短評
シド・バレット 独りぼっちの狂気 (2023)ライター3人の平均評価: 3.7
悲劇の奇人に終わらせない、伝説のアップデート
ピンク・フロイド結成時の中心人物ながら一枚のアルバムを残してバンドを去ったシド・バレットは謎の多いアーティストだが、その謎を探る試みとして興味深い。
彼を知る人々の証言が豊富で、それらの食い違いをそのまま並べて多角度検証しているのが面白い。初期フロイドのライブを収めた『TONITE! LET'S ALL MAKE LOVE IN LONDON』のP・ホワイトヘッド監督が当時を語るのも貴重。
シドが何を考えていたのかは、これまでの書籍や映像作品で提示されたものと同様、よくわからない。それでも証言によりしっかり外堀を埋め、非ウェットな人生物語に仕立てたことに本作の意義が見える。
シド・バレットを悲劇的伝説から解き放つ試み
これはシド・バレットを悲劇的な伝説から解き放つ試みなのではないか。ピンク・フロイドのアートワークも手掛けたヒプノシスの一員でバレットの旧友、ストーム・トーガソンが監督と聞き手を兼任し、学生時代の友人や恋人、妹など身近な人々の証言や記録映像を通して、彼の姿を浮かび上がらせる。
美術学校時代からピンク・フロイド初期のバレットの目も眩む輝きは、従来の伝説通りだが、本作は彼の晩年の姿を悲痛なものとしては描かない。その様子を揶揄するマスコミ報道も登場するが、親しい人々は彼の静かな暮らしぶりを語り、彼がどんな気持ちだったのかは本人にしか分からないと言う。そこから見えてくる、新たな人物像が興味深い。
天才の秘密、刹那と永遠の謎
シド存命時に撮られたBBCの『ピンク・フロイド&シド・バレット・ストーリー』(01年)を受け継いだ企画だろうか(そちらにもブラーのG・コクソンが登場)。監督はなんとレコジャケ界の伝説的デザイン集団ヒプノシスのS・トーガソンで、2013年に彼が逝去した後に完成。サイケデリア時代のカリスマ美青年の素顔と「その後」がこれまで以上に深掘りされる。
ポップ音楽における「向こう側」を美辞麗句で飾るのは21世紀では不適切かもしれない。しかしシドの友人たちがこの「狂ったダイアモンド」を、かつて夜空に一瞬だけ輝いた美しい星を見た時の想い出のように語るのが印象的だ。その甘い郷愁と切なさに胸が締めつけられる。