ナポレオン (2023):映画短評
ナポレオン (2023)ライター7人の平均評価: 3.9
「英雄」と呼ばれた男のピュアなラブストーリー
肖像画のイメージとは程遠いホアキン・フェニックスがどんだけ狂い、大暴れするかと思いきや、最初の妻であるジョゼフィーヌへの想いを綴ったナポレオンのヤンデレな人間臭さ全開! 『デッドレコニング PART ONE』に続き、ジョゼフィーヌ役のヴァネッサ・カービーの勢いを感じさせるなか、「おんな太閤記」も思い起こさせる「英雄」と呼ばれた男のピュアなラブストーリーにまとめたことが、逆に興味深い。『最後の決闘裁判』同様、王道な歴史エンタメ大作とは言い難いが、そこはリドリー・スコット監督作。Apple TV+製作ながら、ワーテルローの戦いなどのスぺクタルなアクション描写は大スクリーンで体感してナンボといえる。
駆け足の歴史レッスン
リドリー・スコットらしく、バトルシーンは迫力満点。だが、全体的に歴史のレッスンのような感じで、駆け足感があり、独自の視点が感じられない。それに、86歳のスコットにとっては普通なのかもしれないが、本当は英語を喋らなかった人たちが(アメリカ人、イギリス人にとって都合が良いからと)英語で話す映画を作ることには限界が来ている。リスペクトの問題はもちろんのこと、そのせいでただちに信憑性が薄れるし、コルシカの出身のナポレオンはフランスにおいてアウトサイダーだったという大事なニュアンスが失われてしまった。スコットは4時間のディレクターズ・カットを作るらしいが、問題の根本的な解決にはならないだろう。
英雄、皇帝、独裁者にして、小物
女性目線で人間の本質を問う、近年のR・スコットの歴史劇路線を踏襲。偉人でも独裁者でもない、ナポレオン像を浮かび上がらせる。
最初の妻ジョゼフィーヌの視点がドラマの鍵となるが、自由奔放で挑発的でもある彼女のキャラが効いた。戦争に勝利しても、皇帝となってもナポレオンにつきまとう小物感は、そんなヒロインの存在の大きさからくるのだろう。
合戦シーンはスコット作品らしく、どれもスベクタクル感十分。クライマックス、ワーテルローの戦いでの英国軍陣形のダイナミックな描写は『レッドクリフ』の戦闘描写を連想させ、ときめいた。
久々にリアルなスペクタクルを体感できる歴史超大作
フランス革命の最中に突如として歴史の表舞台に現れ、一介の軍人からフランス皇帝にまで上りつめた男ナポレオン。本作は最愛の女性だった皇后ジョセフィーヌとの、文字通り狂おしいまでの愛憎関係に彼の行動原理を見出すことで、「英雄」でもなければ「悪魔」でもない「人間」ナポレオンの泥臭い素顔に迫らんとする。どこか突き放したような淡白な演出は、ありきたりな英雄譚や歴史ロマンとは一線を画す。そこは好き嫌いの分かれ目だ。CGやグリーンバックでなく実際にセットを組み、最大で11台のカメラと8000人のエキストラを動員したという合戦シーンの数々は圧巻。最近では珍しい「リアル」なスペクタクルを体感できるのが嬉しい。
アクションの見せ場を絞り、ジョセフィーヌへの思いを芯に
英雄の運命を大きく動かした戦いを映画の各所に配置。そこに超絶的エネルギーを注ぐ演出でアクション映画ファンを満足させる。とくに雪原、氷上でのバトルには、リドリー・スコットの衰えぬ野心がみなぎり、身悶えした。
しかし全編に貫かれるのはナポレオンからジョセフィーヌへの過剰ともいえる愛情。妻に“翻弄された”と言ってもいい一断面が強調され、じっくりと一人の男の切ない運命が浮き上がってくる。そして最終的にはジョセフィーヌの側に感情移入する流れも用意され、前作『最後の決闘裁判』と同様、女性の視点に意識的に寄り添うリドリーの姿勢が見てとれる。
戴冠式や城内の生活など、美術や衣装を愛でるパートでも上質の満足度。
ナポレオンの人生の濃さを実感
資料の年表と照らし合わせてみるとこの映画ではナポレオンの人生の内の20年強を描いていることがわかります。これをリドリー・スコットが2時間38分かけて描いているのですが、これだけの上映時間を用意してなお、映画には”駆け足感”が感じられます。つまり、それだけナポレオンという人物の人生が濃密ということなのでしょう。監督が4時間半版に言及したことも分かる気がしました。演者で言えば何と言ってもタイトルロールを演じたホアキン・フェニックスでしょう。人間臭さとカリスマ性という相反する性格を持った人物を巧みに演じています。しかしまぁリドリー・スコットはいつまでも元気ですね。
リドリー・スコット監督が描く広大な戦場に圧倒される
リドリー・スコット監督が、ナポレオンを題材に、歴史映画でもなく伝記映画でもなく、こういう人間がいる、人間とはこういうものでもある、ということを描き出す。数千人の兵士を指揮し、無数の戦死者を出しながら進軍を止めない人間が、同時に一人の女性の行動に感情をかき乱される。そういう人間の物語が、17世紀後半から18世紀の画家ダヴィッドやドラクロワの絵画の筆致を意識した映像で描かれていく。
圧倒するのはスコット監督が大きな空間を描く時の映像の力。広大な土地で歩兵役のエキストラ8000人により描かれる戦場の様相は、CG製の戦場とはまるで違う。戴冠式のノートルダム大聖堂の空間が巨大で深い。