ブリッジ・オブ・スパイ (2015):映画短評
ブリッジ・オブ・スパイ (2015)ライター8人の平均評価: 4.3
歴史劇における臨場感の現出はさすがスピルバーグ。
自らのアイデンティティを任務のために消し去り、必要とあればいくつもの顔を持つ…それが“スパイ”というものだと謂わんばかりに、自画像を描く男と鏡との関係を象徴的に捉えた冒頭シーンから構造的な作品であることが判る。だが前半部分はややありきたり、アメリカ人好みの正義と忠誠心の話かと思えば、最高裁判決と偵察機フライトをクロスカットさせるところから雪崩れるようにサスペンスフルな展開に。スパイを弁護していた者がスパイになるという意外な転換、ベルリンの壁が築かれんとするシーンの異様なまでの臨場感、そして歴史の痛みを感じさせる「壁を越えようとする者」の対照…と、いかにもスピルバーグ的な巧さが堪能できる。
『リンカーン』に欠けていたエンタメ性も復活
今回も文句の付けようのないヤヌス・カミンスキーの撮影に、必要以上に出しゃばらないスピルバーグ作品初参加となるトーマス・ニューマンの音楽。前作『リンカーン』には明らかに欠けていたエンタメ性も復活し、まったく長尺を感じさせない。近年連発するド派手なスパイ・アクションを期待すると、いかにも冷戦下な静かで重厚なトーンに戸惑いを覚えるかもしれないが、ソ連や東ドイツなどの全体主義に対する憎しみを感じずにはいられないスピルバーグの演出に圧倒されるはず。突然オヤジ狩りに遭うトム・ハンクスの姿もスリリングだが、オスカーで助演候補になっているマーク・ライランスの飄々とした演技を観るだけでも、十分に価値アリ!
リアリズム重視の脚本とエンタメ性の高い演出がバランス良し
同じ人間として彼にも人権はある、との信念からソビエト・スパイを弁護し、さらには敵国との捕虜交換の交渉まで請け負ったアメリカ人弁護士の実話だ。
リアリズムに徹したコーエン兄弟の脚本と、エンタメのツボを心得たスピルバーグ監督の演出はバランスが良く、米国社会が共産主義への過剰な不安と恐怖に包まれた冷戦時代の実像を丁寧に再現しつつ、イデオロギーや国籍の違いに関係なく人間性そのものを信じた男の果敢な挑戦をサスペンスフルに描く。2時間半近くの長尺を全く感じさせない。
恐らく同じ事件をヒントにしたのではと思われる、ジーン・ハックマン主演の『ロシアン・ルーレット』と見比べるのもまた一興だ。
緊迫感漲るタッチでヒューマニティを謳うスピルバーグの到達点
米ソ冷戦時代の空気を丹念に再現しているが、今現在の映し鏡でもある。疑心暗鬼で人権意識を顧みない風潮は、何ら変わっていない。名もなき一介の弁護士が、両国で捕らえられたスパイの交換に身を投じる。いわば、身体を張って引き裂かれた世界を修復しようとする“架け橋”だ。コーエン兄弟の脚本により際立つ悲喜劇を基に、スピルバーグ演出は緊迫感漲るタッチで悠然と人間讃歌へ導く。『シンドラーのリスト』『アミスタッド』『リンカーン』で人種を超えた命の等しさを説き、『プライベート・ライアン』では恐怖の道行きを経て見知らぬ者を救った、スピルバーグ。その精神は研ぎ澄まされ、ある頂点に達した感がある。
新時代の東西冷戦映画
『シンドラーのリスト』のような重厚な社会ドラマを想像していた。だが今脚本がコーエン兄弟。相性的にどうよ⁉︎と思っていたが、まさかの化学反応が起こった。
見せ場は、東西両関係者の腹の探り合い。
緊張のあまりしでかしてしまう人間の思わぬ行動や、
今客観視するとマジか⁉︎と思えるような大胆な作戦を、ブラックユーモアに包んでしまうのが兄弟の味。
スピの生真面目さを兄弟が緩和し、
結果的に人間味溢れたサスペンス劇となった。
かつて西側が描くこの手の映画は、東側を一方的に冷徹に描きがち。
でも敵も同じ人間である。
根底に流れるこのメッセージに、新たな戦争映画の到来がきたことを実感するだろう。
自分の仕事をきちんとやれ!
“自分の仕事をしろ”というトム・ハンクスふんする主人公の言葉に、すべてが集約されているように思える。
主人公の弁護士は、国中から憎まれている敵国のスパイの弁護に尽力する。どんな犯罪者でも正当な裁判を受けさせることが仕事だから。一方の裁かれるスパイは敵国に決して自国の情報を売らない。祖国への忠誠が仕事だから。そんな彼らが共鳴し合うのは必然的で、人と人のつながりが見えるのがイイ。
ヒューマニズムに加え、スピルバーグらしさが見えるのは後半の諜報戦。ベルリンでチンピラに絡まれたりしながら敵地を行く主人公の綱渡り的な奔走がスリリングで巧い。作り手もきちんと自分の仕事をした、文句なしの秀作。
冴えた脚本に巧みな演出、好演がそろった手堅い人間ドラマ
手堅い! まさにスピルバーグ監督の職人技ともいうべき演出が楽しめる人間ドラマだ。実話ではあるが、冷戦下のアメリカやベルリンのヒステリックな空気感をはじめ、諜報員や政治家の疑心暗鬼にとらわれた言動がジョン・ル・カレのスパイ小説風なのは、監督のエンタメ魂のおかげだろう。電車シーンの比較で二カ国の状況を語るといった余韻の残る演出も冴えているし、冒頭から最後までスリルの連続で思わず前のめりになる。奇妙な友情で結ばれる弁護士とソ連スパイを演じるトム・ハンクスもマーク・ライアンスの演技も素晴らしく、状況は異なるもののそれぞれの信条に忠実な人間性を見事に表現。二人のその後が気になり、思わずwikiりました。
オスカー助演男優賞は本作のライランスかも?
主人公が弁護人となる、ソ連のスパイの人物設定が魅力的。「それが役にたつのか?」が口癖、画を描くのが趣味でしかも上手く、極限状況下でも飄々とした佇まいを変えることがない。この役を演じた英国俳優マーク・ライランスが多数の映画賞にノミネートされているのも納得。この魅力的なキャラクターが生み出されたのは、ライランスの演技に加えて、コーエン兄弟が脚本に参加しているからではないだろうか。
基本的に冷戦時代に普通の男が信念を貫いた実話を描く感動作なのだが、思った以上にサスペンス色が濃厚。とくに東ベルリンに行ってからの不穏な気配、不測の出来事の連打にスピルバーグのサスペンス演出が光る。