リリーのすべて (2015):映画短評
リリーのすべて (2015)ライター5人の平均評価: 4.2
あざとさを排して、心理描写にこだわった秀作
主人公の一途さを強調せず、かといって悲劇を押し出すこともなく、物語はバランスを絶妙に取りながら進む。ナチュラルな演出で見せ切る、アカデミー賞監督トム・フーパーの才腕に唸った。
どのシーンでも登場人物の心理が見据えられている点が見事。女装をして陶酔する主人公の目覚め、自身の道を歩もうとすることで妻を悲しませる彼の苦悩。要所要所で脈動する、キャラの胸中が巧みに共感を引き寄せる。
主演のレッドメインは確かに熱演だが、その妻の苦悶を体現したアリシア・ヴィキャンデルもアカデミー賞受賞にふさわしい好演。彼女も実質的に主演と呼んで差し支えない活躍ぶりだ。夫婦の描写にもバランスの良さが活きている。
受けのヴィキャンデル、仔犬のようなウィショー
さすがはブレない、トム・フーパー監督作。主人公が暴走キャラのため、一歩間違えれば、イロモノ系に走ってしまいそうな展開を普遍的な、無償の愛の物語として描き、しっかり観客を感情移入させる。ますますカメレオン俳優と化すエディ・レッドメインは間違いなくスゴいが、それは妻・ゲルダを演じるアリシア・ヴィキャンデルの受けの芝居で、さらに際立つ。愛する者を静かに見守る彼女の視線は、『エクス・マキナ』での感情なきロボット演技とは真逆のアプローチで、個人的には合わせ技でオスカーを勝ち獲ったと思いたいところ。そして、出番は多くないながら、ここもやっぱりベン・ウィショー。濡れた仔犬のような瞳が頭から離れましぇん。
妻による究極の愛と献身を描いた物語でもある
まだ性の多様性に対する理解など乏しかった時代に、自分が男性ではなく女性である、つまりトランスジェンダーだと気付いてしまったリリーの苦悩と決断を描く作品だが、同時に自分の夫が夫ではなくなると知りながら、その全てを受け入れて支えようとする妻ゲルダの、いわば究極の愛と献身の物語でもある。
それは勿論、決して生易しいことではない。その戸惑いや葛藤、痛み、苦しみ、妬み。綺麗事ではない複雑な想いが赤裸々に描かれ、押し寄せる感情の渦が観客の胸を打つ。内なる女性に目覚めていくエディ・レッドメインの繊細な演技もさる事ながら、愛ゆえの強さと弱さを全身全霊で演じたアリシア・ヴィキャンデルも賞賛に値する。
この夫婦こそが真のソウルメイト!
世界で初めて性別適合手術を受けたデンマーク人画家の実話なので、Born this way的なメッセージものと思っていたけれど、繊細で強固な夫婦愛の物語だった。前半は自身が男性の肉体に閉じ込められた女性と気づくリリーの、そして後半は戸惑いながらも夫の真実を受け入れるゲルダの逡巡と葛藤に比重を置く構成で夫婦の心模様も理解しやすい。特に心をつかまれたのが聖母のような大きい愛で夫を包むゲルダの存在で、魂と魂のつながりとしか表現できない関係性こそ真のソウルメイトなのだと納得。リリーになりきったエディ・レッドメインも素晴らしいが、ひたむきで芯の強いゲルダ役のアリシア・ヴィキャンデルの熱演はため息ものだ。
主人公の心の細やかな震えが女性服の繊細な美しさと呼応する
主人公が女性の衣服を自分の胸に抱いた瞬間、主人公の感情のごく微細な震えと、彼が手にする女性服の布地の繊細さが呼応する。自分が性同一性障害だと気づかずに男性として育てられた主人公は、画家である妻の絵の女性モデルの代役として、女性の衣服を胸に当てるのだが、その瞬間、思いがけない歓びに打たれ、その感情に気づいて驚き、おののく。しかしその怯えとは別に、彼の指は衣服の絹の手触りの滑らかさを追ってその表面を撫でずにはいられない。その無意識の恐怖と快楽のせめぎ合い。その感情の揺れの細やかさが、主人公が抱く女性服の布地の柔らかな光沢や繊細なレースなどの儚い美しさと呼応して、相乗効果を上げている。