イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 (2014):映画短評
イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 (2014)ライター7人の平均評価: 4.6
テーマを限定する最後のテロップはないほうがよかった。
エニグマ解読に至るディテイルははっきり言ってよく判らないが、疑似科学モノとしてじゅうぶんワクワクさせる作り。「マシンは思考するか?」との問いも、チューリングが萌芽させたコンピュータが大発展を遂げた現在もなお刺激的なテーゼだ。オタクばかりの解読チームにも忍びこむ戦争の影とか、暗号を解いてからもMI6の戦略に則って戦争終結が叶わないジレンマと罪悪感とか、そのあたりの戦記スパイもの風エピソードも興味深い。最もクローズアップされるのは映画の構造にも関わるホモセクシュアリティの問題で、脚本家としてはメインテーマのようなのだが、あまりに盛り沢山な映画全体としてみると一要素に過ぎない感も。
戦後70年、果たして世界は寛容になったのか?
ドイツ軍の暗号エニグマの解読を巡る丁々発止の頭脳戦を軸としつつ、勝利に貢献した最大の人物チューニングの数奇な運命を浮き彫りにしていく。
その偉業自体が国家機密だったために正当な評価を得られなかったチューニングは、天才ゆえに視点も考えも独特で、一般的なコミュニケーション能力に欠け、しかも私生活に重要な秘密を隠していたことから、当時の無知で不寛容な社会とは相容れない。“普通”ではないがために、誰も彼の孤独や悲しみにまで思いが及ばないのだ。
彼の生きた時代から半世紀以上を経た現在。一見すると社会は寛容になったとも思えるが、果たして本当にそうなのだろうか…ということを改めて考えさせられる。
普段、よくググったりヤフったりしてしている人は必見!
我々はなぜ、つい検索……ググったりヤフったりしてしまうのか? 人生とは膨大なデータベースの集積だ。データの中から自分に必要な物事を探しだすため、と、一応は答えることができる。では(コンピュータ誕生前の)数学者A・チューリングの場合は? 彼の恐るべき頭脳は天下分け目の戦争時、敵の暗号解読に挑んで連合軍を勝利に導いた。が、戦後、結果それはイギリスの最高国家機密となった。この映画はその謎のひとつひとつをググりヤフるように描いてゆく。そして日々、何かと“検索”しなくては生きてはいけない我々と、“歴史との連続性”を教えてくれる。チューリングが強いられた「イミテーション・ゲーム」の哀しみと切なさと共に。
高性能なストーリーテリングで魅せる異端の天才の肖像
ヨーロッパの歴史の裏側を、くっきりキャラ立ちした人物達が蠢く。喩えるなら手塚治虫の『アドルフに告ぐ』と浦沢直樹の『MONSTER』を合体させたような作風の傑作ミステリードラマだ。
基本的には驚異のストーリーテリング力が肝だが、やはりB・カンバーバッチも際立つ。彼はTVでホームズを、その前にはホーキングを演じているが、今回のチューリングは自身の資質を活かした「英国式天才」の完成形と言えそうだ。
それは“人間コンピュータ”的な人物像のわかりやすい形でもある。今の日本なら「コミュ障」として貶められそうな異端の個性がどれほど文化を変える能力を秘めているか。この寛容性の問題は現代に接続するテーマだ。
サスペンス性も、はみ出し者のドラマも高密度
天才、栄光なき英雄、同性愛者等々の側面から主人公チューリングの人物像に迫り、それぞれに重みをあたえる秀作。アカデミー賞ノミネートも納得がいく。
時間に急き立てられ、軍に急き立てられながらのエニグマ解読の過程に緊張感がみなぎる。そんなサスペンスに加え、チームプレイが苦手で“イヤなヤツ”として孤立するチューリングの過去を、少しずつ浮かび上がらせる構成にはミステリー的な興味もかき立てられる。
チューリングは“ゲーム”の敗者で、彼を利用した国が勝者となる構図。はみ出し者の虚無感が伝わってくるという点も見逃せず、ドラマとしての歯応えもある。カンバーバッチのはまり役具合ともども注目。
繊細なのに心の機微に疎い人を演じるB・カンバーバッチは最高!
ナチスを敗北に追い込んだのが実は数学やパズルのオタク集団という実話がそもそも驚きなのに、リーダー格アラン・チューリングという人間のエキセントリックさが物語をさらにドラマティックに盛り上げる。迫り来るドイツ軍とだけでなく天才を理解できない英国軍上層部とも戦いながらの暗号解読と、戦後もずっと続いたチューリングの本当の自分との戦いに終始、気が抜けない。3つの時代をスムーズにつないで主人公の人となりを描く構成が巧みで、アカデミー賞脚本賞も納得。そして繊細なのになぜか心の機微には疎い、アスペルガー症候群的な人間を演じさせたらベネディクト・カンバーバッチはやはり当代随一と思うのだ。
3つの時代が同時に進み、主人公の想いが明かされていく
実在した数学者の生涯を、その業績ではなく、その心情に焦点を当てて描く。主人公は、ある隠さなければならない想いを持っているために、周囲の人々と関係を築くことを断念して生きるが、偶然から人と関わることとその喜びを体験する。しかし、他者に共感する能力を得たために、彼の仕事は彼に多大な苦痛を与えるようになる。その逆説。そんな物語を、少年時代、第二次世界大戦中、戦後という3つの時代が同時進行する形で描き、少しずつ彼が秘めていた心情を明かしていく脚本が見事。
カンバーバッチ演じるコミュニケーション障害系の主人公は、ちょっとシャーロックっぽいので、ファンはそこも要チェック。