ストレイト・アウタ・コンプトン (2015):映画短評
ストレイト・アウタ・コンプトン (2015)ライター5人の平均評価: 4.4
銃規制に反対する人々の心理も理解できます
伝説のギャングスタラップ集団N.W.A.の軌跡を辿った本作は、貧困と差別と犯罪が渦巻くスラム街コンプトンから飛び出した彼らの生き様を通じ、音楽業界のみならず米社会そのものの光と影を浮き彫りにする。
隣近所の銃撃戦や麻薬密売など日常茶飯事、守ってくれるはずの警察にまで虐げられる。そんな最下層の過酷な環境で育った彼らにとって、音楽こそが人生を切り開く最大のチャンスであり、権力や社会に物申す唯一の手段だったことがよく分かる。
と同時に、アメリカの特定層の人々が銃規制に反発する理由も理解できよう。自分を守れるのは自分だけ、政府も警察も頼りにならないということを、彼らは嫌というほど知っているのだ。
エンタメ要素の幕の内状態!
まさかの上映時間147分に、尻込みするなかれ! 友情と裏切りが交差する音楽業界サクセスストーリーを軸に、エロも、ヴァイオレンスも、泣ける難病ドラマまで、エンタメ要素をブッ込んだ幕の内弁当状態。それだけ波乱万丈すぎる実録N.W.A.史なので、ヒップホップやブラックカルチャーに興味なくても問題なし。社会派ドラマとしてのバランスの巧さなど、次回作は『ワイスピ』最新作なF・ゲイリー・グレイの職人気質を改めて目の当たりにし、2015年ベストテンにギリ滑り込み! それにしても、『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』に続き、今回も主人公を陥れる役どころを怪演するポール・ジアマッティ、マジでヤバイっス!
ストリート出身の青年の才能と根性に感動
ギャングスタ・ラップに興味はないが、N.W.A.の栄枯盛衰というのが非常にドラマティックで長尺も苦にならず。犯罪率の高い貧困地区に生きる若者の葛藤と成功という実話の裏話にブラック・カルチャーの隆盛や人種差別といった社会背景を絡めたF・ゲイリー・グレイ監督の社会派風な視点も新鮮だ。言論の自由を盾に権威に挑戦した伝説のコンサートなどを経てラップをメジャーにしたN.W.A.の功績と彼らを利用する金の亡者という構図もわかりやすく、判官びいきなDNAがざわめく。ドクター・ドレもイージーEも本人に似た役者が起用されているが、アイス役は彼の実の息子なのでラップも上手で、実録感がアップしている。
1986年からの伝説的な英雄譚
三人の友情を軸に娯楽性と社会性が絡み合う。音楽映画としての精度も申し分なし。描かれるのは約10年だが、叙事詩の風格。これをアイス・キューブ主演のサウスセントラル青春物『friday』で監督デビューしたF・ゲイリー・グレイが手掛けたのも大きい。『カラーズ』や『8 Mile』の重要性が霞んでしまうほど!
歴史的にはロックの内省化とクロスするように台頭してきたのがN.W.Aらのギャングスタ・ラップや、あるいはパブリック・エナミーらのポリティカルなヒップホップだろうが、少なくとも米国で、これほど音楽が社会闘争の武器として機能した時代は以降ないだろう。問題意識の継続は本作のメガヒットが証明している。
音が迫ってくる。熱が押し寄せる。
音がヤバい。とりわけ低音がズゥンと響く。音楽自体の魅力が大音量で迫ってくる。物語だけでなく、音楽でも魅了する映画になっているのは、本作で描かれるミュージシャン本人たち、ドクター・ドレー、アイス・キューブが製作に参加しているからだろう。そして、彼らのクリップを手掛けてきたF・ゲイリー・グレイが監督したからだろう。
本人たちが描く彼ら自身の物語なので、史実通りかどうかは関係がない。まだ無名な若者たちの、何かを生み出すことへの集中、納得できない妨害への怒り、そのどちらもが熱い。それが爆発するライブでは、パフォーマーと観客、双方の熱さが加熱する。その熱が、画面から荒々しく溢れ出す。