ボヴァリー夫人とパン屋 (2014):映画短評
ボヴァリー夫人とパン屋 (2014)ライター3人の平均評価: 3
田舎の文学マニアの止まらない妄想コメディ。
前作『美しい絵の崩壊』のどことなく谷崎的な頽廃感から、A.フォンテーヌ本来の持ち味に戻った、くすくすと笑えるコメディ。文学趣味の田舎紳士F.ルキーニの憎めない茶目っ気が(オチに至るまで)何より効いているのだが、彼の台詞を借りれば「とびきりの美人でもない」J.アータートンが、いかにもリアルで尻軽なボヴァリー夫人ぽさを醸し出して適役。彼女の洗練しきれてない、いささかイナタいエロティシズムが、パン作りのシーンを経ておじさんの妄想をどんどん膨らませていく過程に説得力を与えて笑える(終盤のアホなミステリ趣味もね)。そんなオヤジの性的妄想に気づきながらもしれっと受け流す奥さん&息子がまたいいんだな。
おやじの妄想力を刺激する官能コメディ
小説『ボヴァリー夫人』のエマはまったくいけ好かない女だが、本作で主人公マルタンが彼女を重ね合わせる隣人ジェマは好感度大。失恋のリバウンドで結婚した挙げ句、田舎で出会った美青年や元恋人とうっかり不倫するあたりは、同性としては「あるある」感たっぷり。損得勘定をしない本能タイプなのだ。彼女の無自覚なエロさがマルタンの妄想に拍車をかけ、それを愛妻に見透かされる設定が笑える。アンヌ・フォンティーヌ監督の鋭くてシニカルな人間洞察力が生きている。ジェマに恋心を抱くマルタンもファブス・ルキーニが演じるので生臭さは無いし、ジェマ役のアタートンのお色気が健康的なせいもあり、官能よりもお笑い色が濃くなったのも好み。
読書家の妄想が招いた悲劇を描く大人向けのコメディ
フローベールの傑作文学『ボヴァリー夫人』を愛する読書家の中年男が、隣家に越してきたヒロインと同名の美人妻に魅せられ、彼女が小説のような悲劇的運命を辿らぬよう勝手にあれこれと策を張り巡らせる。
良かれと思った余計なお世話が、かえって事態を悪化させてしまう皮肉。しかも、『ボヴァリー夫人』とは何ら関係のない筋書きで(笑)。痛烈なブラック・ユーモアの効いたクライマックスを含め、これは思い込みの激しいオジサンの妄想が悲劇を招いていく話だ。
いかにもフランス映画らしい大人向けのシニカルなコメディ。随所に隠された名作文学のオマージュも分かる人には分かるだろうが、それだけに観客を選ぶ作品かもしれない。