WAVES/ウェイブス (2019):映画短評
WAVES/ウェイブス (2019)ライター7人の平均評価: 4.3
己の弱さを認め失敗を受け入れることで人は真に強くなれる
前半は高校レスリングのスター選手で学園の人気者タイラーの転落と悲劇、後半はそんな兄の陰に隠れた控えめな妹エミリーの贖罪と再生が描かれる。注目すべきは、彼らの両親が黒人富裕層の成功者であることだろう。貧富の格差が激しいアメリカ社会で豊かな暮らしを手に入れた彼らだが、しかし肌の色だけで偏見を持たれる黒人は、白人の10倍努力しないと成功を手にすることなど出来ない。その厳しい現実を骨身に染みている父親の過剰なスパルタ教育が、まだ若くて未熟な兄と妹それぞれに暗い影を投げかける。これは普遍的な愛情と思いやりの物語であると同時に、失敗を許さない弱肉強食の競争社会に疑問を投げかける作品でもあると言えよう。
青春の葛藤が爆発し、それが癒しと希望へとつながる感動作
ブラック・ライブズ・マター運動でアメリカの黒人が直面する厳しい人生について少し理解できているが、主人公の少年タイラーと父親の関係性はそれを感じさせる。我が子の将来を思うが故の父親の厳しさが暴力的な結果を生む前半が痛すぎる。青春のくびきと言い切れない苦さと切なさに胸が締め付けられた。兄の行動が後半の妹エミリーの物語につながるのだが、映像やサントラのトーンが大きく変わる。家族の期待を背負った兄と違って目立たぬ存在のエミリーが実際は非常に思慮深く、心優しい少女で、家族問題で傷ついていた少年と彼女自身を癒していく後半に希望を感じさせるT・E・シュルツ監督の語り口に脱帽だ。
欲求と欲望、自省と自責……愛にまつわる感情の考察
映像が美しい。シークエンスが美しい。ビジュアルと音楽の融合も美しい。何より美しいのは、それに支えられたキャラクターの心理描写だ。
悲劇を起こしてしまった兄と、その傷跡を引きずる妹。どちらも誰かを強く愛しており、その切実な感情を正面から伝える。正しいことをしてきたと信じている父親の厳格さも効いており、家族の葛藤のエピソードも胸に迫るものがある。
前作『イット・カムズ・アット・ナイト』で心理スリラーを密に構築したT・E・シュルツ監督は、ジャンル映画の枠を越え、一気に化けて見せた。愛することの温かさや痛みを知る、すべての人に見て欲しい。
いかにもA24製作な家族の再生物語
高校レスリングの花形選手であるリア充兄パートと、地味で目立たない陰キャラ妹パートの2部構成。好みは分かれるだろうが、あまりに普遍的なストーリー展開だけに、既視感しかない。にも関わらず、135分の長尺を引っ張ることができたのは、実験的なカメラワークやレンズサイズによる映像とシンクロする31曲のプレイリストにほかならない。そんな画と音の波を全身で浴びるような感覚に、登場人物の感情を表すスクリーンサイズの変化を体験することで、グルーヴ&トリップ感を味わえるのである。『ムーンライト』同様、ウォン・カーウァイ大好き監督によるA24制作の家族の再生物語は、劇場で観ないと話にならない!
シビアな物語と、おしゃれな映像表現で、不思議なカタルシス
『ミッドサマー』などで話題のスタジオA24の作品らしく、明らかに独特の、他に類をみない「カラー」を放っている。今作を一言で表せば「クールでスタイリッシュ」。一家の運命が切実な方向へシフトする物語自体はシビアだが、その深刻さを否定するような「大胆な表現力」が全編で駆使され、ギャップで引きつけていく感覚。このあたり最も近いのが、やはりA24の『ムーンライト』かも。カメラワーク、色づかい、音響も含めた音楽の過剰な効果…。極めつけは展開や心情に合わせ、いつの間にか縦横、あるいは上下で変化しているスクリーンサイズの比率。妙なカタルシスを届ける仕掛けが、随所に張り巡らされている。
音と色で体感する映画
音と色、そして動きで"感情"を体感させる。前半は兄の物語、後半は妹の物語で、特に前半の体内感覚が生々しい。音、色、動きが、10代の頃のホルモンバランスが不安定でアドレナリンが分泌されやすく、感情の起伏の激しさを制御できない感覚を体感させるのだ。遥か昔に10代を過ぎた自分すら、画面を見ていて、世界がそのように見え、音楽がそのように聞こえていた頃の身体感覚が鮮やかに甦った。この感覚により神経が過敏になり、後半の妹の癒しの物語では小さな出来事にも大きく心を揺さぶられてしまう。
挿入曲の数々も魅力的だが、トレント・レズナーとアティカス・ロスによる劇伴音楽が緊迫感を高める時、その破壊力が物凄い。
若いということの危うさ、若い恋の美しさ
前半の主人公は4人家族の長男、後半はその妹。前半はスリラー的だが、後半は静かで内向的。それは、まるで不自然でないどころか、このひとつの家族や彼らの状況を多方面から奥深く見つめる上で、すばらしく効果的だ。楽しい高校時代を送っていたのに、あるひとつのことで人生が一転する長男に見る、若いということの輝かしさと、危うさ。わが子を愛するからこそ厳しく育てる父親が、知らないうちに息子に与えているプレッシャー。この黒人家族がとても裕福というステレオタイプに陥らない設定も、普段映画ではあまり語られない人々のリアルに焦点を当てる。悲しく、暗い話ながら、若い恋の美しさや、将来への希望を感じさせるのもいい。