ストレイ・ドッグ (2018):映画短評
ストレイ・ドッグ (2018)ライター6人の平均評価: 3.5
アメリカ西海岸のマジックリアリズム
いきなり渇き切った顔のN・キッドマンに圧倒されるが、彼女の「渾身の熱演」をB級ジャンル映画的な端正さに落とし込むカリン・クサマ監督の手際に痺れた。監督は『セルピコ』と同じくらい『こわれゆく女』も大切なヒントになったと公言しており、こわれゆくキッドマンが「傷口を広げながら突き進んでいく」様が強烈!
クサマが打ち立てた「直射日光下のノワール」との秀逸なイメージプランに合わせ、キッドマンが歩くとLAの風景が白昼夢のように歪む。演出プランも映像設計も、撮影も全部主題にぴったり合ってる。クサマは大作も手掛けているが、低予算映画のほうが遙かに才能が生きるようだ。長編5作目にして『ガールファイト』越え!
超ハードボイルドな女性版L.A.ノワール
ニコール・キッドマンがロサンゼルス市警のやさぐれた女刑事を演じるハードボイルド映画。17年前に担当した潜入捜査で取り返しのつかないミスを犯し、それ以来酒に溺れる毎日を送ってきたヒロインが、舞い戻ったかつての宿敵と対峙することで、これまで隠してきた自らの罪に落とし前をつけようとする。やはり最大の見どころは、『モンスター』のシャーリーズ・セロンのごとく特殊メイクを駆使し、人生に疲れてやつれきった中年女刑事に扮するニコールの大熱演。心理描写とムードに重点を置いた語り口はかなり渋めで、スリルやアクションを求める向きには肩透かしだろうが、しかし正統派L.A.ノワールの女性版として興味深いものがある。
妥協しないニコ様のやさぐれぶりが圧巻
強い女性を描き続けるカリン・クサマ監督とN・キッドマンのタッグでノワールものとは意外だが、渋い仕上がりで満足度は高い。見方によっては壊れてしまっている女刑事を演じるニコ様の独壇場で、荒んだ表情に重く苦い過去を背負っているのが見て取れる。特殊メイクの助けを借りてはいるが、さすがは演技派! シミだらけの老け顔のアップと若き日の美貌のギャップは、彼女としても見せ場のはず。現在と過去を交錯させるだけではなく、進行中の現在においてある仕掛けをした監督の演出が効いている。「やられた」という感じ。ただし、トビー・ケベルが役不足で、★一つ減らしたいくらい。
「男性刑事」とは言わない。そろそろ「女性刑事」は止めにしよう
ここ数年、どうしても顔に手を加えた名残が気になってしまうニコール・キッドマンが、あえてこうして特殊メイクで汚れ役を演じれば、持ち前の演技力が最大限に発揮されることを証明。「お前は強欲」と罵られつつ、過去の後悔を払拭するため、命がけで仕事人に徹し、潜入捜査で恋人のフリをした相手との本気の愛など主人公がたどる劇的な運命で、観ているこちらも強引に感情移入させる。まさに役者冥利につきる作品だ。事件の全貌がややわかりづらいのと、見せ場の長さのバランスに疑問が残るが、ニコールの演技で凌駕する印象。公式サイトにも「女性刑事」「女性監督」と説明があるが、もはや余計な形容詞が不要と感じるのが、今作の新しさかも。
ニコール・キッドマンの顔から目が離せない
主人公を演じるニコール・キッドマンの顔がまるで別人のようで、彼女の顔が画面に映るたびに目を奪われる。女優の素顔というものとは別ものの、主人公の心理状態がそのまま現れた、荒れてすさんだ顔になっているのだ。なぜ彼女はそのような顔になったのか。誰もがその顔を見るだけで抱くこの疑問を、映画は少しずつ解き明かしていく。
その謎解きの過程が単純ではないのが、この映画の魅力。ドラマは基本的に、彼女が仕事場に届いだ謎の封書の送り主を探して、関係者たちを一人ずつ訪ねていくという、ハードボイルドの探偵ものの形式。そして、彼女が誰かに会うたびに、少しずつ彼女の過去が明かされて、彼女の想いが見えてくるのだ。
単なる刑事物を超えた、胸を打つ内面のドラマ
コンテンポラリーなL.A.のノワールかと思いきや、過去がとき解かれていくにつれて、これは過去に間違いを犯した女性の、内面の物語だったのだとわかる。その女性の、憔悴し、荒れ果てた「今」と、そうなる前の「若い頃」を、ニコール・キッドマンは、外見を変えるだけでなく、表情、話し方、態度で見事に対比。彼女がずっと秘めてきたものが何だったかが明かされた時には、強く胸を打たれ、切なくなる。ほとんどすべてのシーンに登場し、そんな迫真の演技を見せるキッドマンには、心底脱帽。このような刑事物で、主人公は普通、男性だが、そこをあえて母親失格の女性にしたことで、独特なヒューマニティが加わっている。