ザ・ハント (2020):映画短評
ザ・ハント (2020)ライター7人の平均評価: 3.4
分断されたアメリカ社会を盛大にぶった切るブラックコメディ
全米公開前には「リベラルがトランプ支持者を動物のように狩る映画」と非難する声もあったようだが、蓋を開けてみればなんてことはない、保守のこともリベラルのこともケチョンケチョンにこき下ろしつつ、陰謀論めいたフェイクニュース(先述した本作への非難自体がある意味でフェイク)に振り回され、左右に分断されてしまったトランプ政権下のアメリカ社会をぶった切ったブラックコメディだ。『猟奇島』に代表される人間狩りを題材にしたストーリー自体は安直だが、随所に散りばめられた辛辣な風刺ユーモアは面白いし、地味な脇役かと思っていたら異様な強さを発揮していくヒロインもカッコ良し。
格差社会を笑い飛ばしつつも、ハラハラ!
“人間狩り”を描いたスリラーは数多いが、その最新型である本作は今の映画らしく格差社会を強く押し出してくる。
とはいえデフォルメされたそれはリアルというより、むしろ劇画的。富裕層を徹底的に悪として描き、貧困層をサバイバーとして描く、わかりやすい構図。それを通した社会風刺はブラックユーモアたっぷり。血みどろのバイオレンスでさえ、やり過ぎの描写に笑ってしまう。
スリラーとしても、なかなかトリッキー。観客はキャラの死ぬ順番を予想しがちだが、それをことごとく裏切る巧さ。『サプライズ』を思わせる、意外性に富んだタフなヒロイン像も魅力を放つ。
やりすぎちゃった感も計算づく?脇役のあの人の猛演に胸アツ
はっきり言って冒頭から容赦なく連発される残虐シーンは「やりすぎ」である。あえて過剰さを一気に注入し、観ているこちらの感覚を麻痺させるのは、作り手の計算か。その後は意外なほど冷静に殺人ゲームを直視できるので…。富裕層を悪役にした格差社会分断という社会派テーマも見え隠れするが、そこは添え物と考え、サバイバル活劇としての豪快なノリを受け止めた方がいい。そうすればアクションの合間のユーモアや、とぼけた会話、軽いネタも素直に楽しめるだろう。
エイミー・マディガンが36年前の『ストリート・オブ・ファイヤー』が甦る、タフで過激な老女を怪演するので、そこをピンポイントで目撃するだけで、映画ファンに今作はお宝!
七十路になった女兵士マッコイも参戦!
TVシリーズなど、調子に乗って広げすぎた感のある『パージ』に代わる、いかにもジェイソン・ブラム印な社会派デスゲーム映画。『バトルロワイアル』感ある武器争奪戦からの、誰が主人公か分からん冒頭のツカミは最高! さらに、あのエイミー・マディガンが登場。70歳になっても、女兵士マッコイ健在をアピールする雄姿には感涙だ。このようなサプライズが黒幕の正体まで仕掛けられているが、獲物となる貧困層側に比べ、セリフの面白さに頼るあまり、狩るリベラル側の描写が、恐ろしいぐらいユルい。『ハッピー・デス・デイ』的なヒロインは魅力的だが、クライマックスのキャットファイトも派手さに欠けるうえ、やや冗長。
どっちもどっち? 対立の不毛さが際立つね。
人間狩り自体に新鮮味はないが、狩る側が人権や環境問題に敏感なリベラルというのがユニーク。トランプ政権下で浮かび上がったアメリカの溝がよくわかるし、対立は結局、不毛でしかないと実感する。狩りの獲物となるのは盲信した陰謀論をまき散らす肥満男性や、憲法を盾に大量に銃を所持している右派っぽい男性などなど。友達にはなりたくない人ばかりだが、だからと言って犬死させてもいいわけでなしと思わせるのは、リベラルの描き方が超絶嫌味だから! 製作陣のバランス感覚が素晴らしい。『GLOW』のB・ギルピンがタフなヒロインを飄々と快演。女優が体を張ったラストのバトルがちと長いが、オスカー女優に花を持たせるためだろう。
ブラムハウス流の社会風刺ギャグが炸裂!
製作は「ゲット・アウト」のブラムハウス、脚本家コンビはTVシリーズ「ウォッチメン」のデイモン・リンデロフとニック・キューズなんだから、ただの人間狩りモノのわけがない。日本ではアメリカ大統領選挙投票日直前に公開、というタイミングもナイスすぎ。富裕層の人々が貧困層の人々を獲物に狩りをする話だが、映画はどちらかの味方をするわけではなく、どっちもどっちとバッサリ切り捨てて、痛快かつ爆笑。人選をするときの「アフリカ系もひとりは入れないと」「移民もね」という会話やトンデモ陰謀論など、現在のアメリカの状況を風刺する小ネタが続々。こういう映画で熱演してくれるオスカー女優ヒラリー・スワンクに感動。
政治的メッセージはあからさまだが不毛
ホラーというジャンルに、さりげない社会性とユーモアを混ぜ込んだ「ゲット・アウト」は大成功例だったが、同じブラムハウスが送り出す今作は同じことを目指して失敗した。タランティーノ映画や「ハンガー・ゲーム」に影響を受けているかと思われる冒頭は、目を覆いたくなる残酷さ。そして政治的なメッセージはあからさまながら不毛だ。たしかにアメリカは今、極端に二分割されているものの、こんな身も蓋もない描写からは、会話も生まれない。ソーシャルメディアの害についても投げっぱなしという感じ。唯一良いのは、主演のベティ・ギルピン。「GLOW」でブレイクした彼女は、映画の主演女優として立派に通じると証明された。