ディア・エヴァン・ハンセン (2021):映画短評
ディア・エヴァン・ハンセン (2021)ライター5人の平均評価: 3.8
ひとりひとりが自分の場所で自分の心情を歌い上げる
歌って踊るタイプのミュージカル映画ではなく、じっくり歌を聞かせるミュージカル映画。歌う場面で急に背景が変わることはほぼなく、登場人物たちひとりひとりが、普段の生活をしている場所で、自分の心情を静かに歌い上げる。誰もが思い当たる節のある感情が、なめらかなメロディに乗り、どこまでも伸びていく歌声で歌われていき、観客はそれを聞きながら、その声に自分の感情を乗せていく、そういうミュージカル映画。
監督は先天性疾患を持つ少年を描く『ワンダー 君は太陽』のスティーヴン・チョボスキー。あの映画同様、悩みを抱えているのは当事者だけでなく、周囲の人々にもまた悩みがあることを静かに描き出して胸を打つ。
各キャラに注がれた優しいまなざし
コミュ障な主人公がついた些細な嘘が、周囲の人々の人生をも変える大きな事態に発展する。SNSのメリット&デメリットも描く、ありがちな展開ながら、『ワンダー 君は太陽』のスティーヴン・チョボスキー監督作らしい各キャラクターに注がれる優しいまなざしが、とにかく印象的だ。賛否もあったミュージカル・オリジナルキャストであるアラサーのベン・プラットが高校生を演じることに関してはギリセーフで、ジュリアン・ムーアとエイミー・アダムスによる母親対決も見どころ。終盤にかけての尻つぼみ感は否めないが、それでもミュージカルパートとドラマパートのバランスも計算されたなかなかの力作なので、★おまけ。
インディーズ映画的な魅力を兼ね備えた繊細な青春ミュージカル
SNSを介して誰もが簡単に誰かと繋がることが出来る現代社会。自己評価の低さゆえ他者からの視線や評価を極端に恐れ、自分の殻に閉じこもってしまった内気な高校生エヴァン・ハンセンが、ある出来事をきっかけに自分自身や社会と向き合わざるを得なくなっていく。思春期の若者特有の危うい脆さを瑞々しく繊細に描いた青春ドラマなのだが、これをミュージカル仕立てにしたのが本作のユニークなところ。登場人物たちの切実なる魂の叫びを歌声に乗せながら、現代社会に生きる若者の多くが抱える孤独や苦悩を浮き彫りにしていく。それゆえミュージカル映画にありがちなキラキラも群衆ダンスもなし。これはとても新鮮なアプローチだと思う。
人に優しく
ブロードウェイミュージカルの映画化に当たって、舞台では描き切れない奥行きを感じる縦方向の移動や、瞬間移動的な演出があって、舞台を映画に置き換える際の基本をしっかり押さえています。監督のスティーブン・チョボスキーは『ワンダー君は太陽』の監督で映画版『RENT』の脚本家。社会性を大きく取り込む一方で人の“善意””優しさ”を最後まで信じ続ける物語は見ていて温かくなります。ミュージカルなのでもちろん音楽と歌唱は最大の武器であり、初見であっても気持ちよくなれる楽曲が多くて楽しくなります。『RENT』からの影響が大きい作品ですが、この作品からも多くのフォロワーが生まれることでしょう。
ミュージカルとしてこの物語の映画化、ハードル高いも敢闘賞
数曲は入れ替えつつ、オリジナルを素直に映画に移植した印象。舞台版自体がミュージカルとして異色。孤独な高校生、嘘から始まる人と人の繋がり、SNSの怖さ…と、多くのリアル要素は、映画なら非ミュージカルの方が描きやすい。そこをあえて正攻法で挑戦したので、ドラマパートとミュージカルパートの切り替えなど全体には、ぎこちなさ、間(ま)の悪さも感じられる。しかしこうした作品の感触が、主人公のもどかしさとシンクロするので、そこに入り込めれば、『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』のコンビによるキャッチーで心揺さぶるメロディに激しく感応してしまう。歌の表現力はスーパー級。ダンスシーンの編集にも心躍る。