パワー・オブ・ザ・ドッグ (2021):映画短評
パワー・オブ・ザ・ドッグ (2021)ライター3人の平均評価: 4
形を変えて迫り来る恐怖
ジャンルはウエスタンとなっているが、実は心理スリラー。なんとなく気味悪く、居心地の悪い雰囲気が続き、それらが形を変えつつ、最後にずしんと迫るのだ。最初に登場する恐怖は、カンバーバッチ演じるフィルのキャラクター。彼は、攻撃的で意地悪で最高に嫌な奴。だが、やがて彼は内面に何かを隠す、ずっと複雑な男であることがわかっていく。カンバーバッチの演技はさすがであるものの、この微妙で独特なトーンを作り上げたのはカンピオンのお手柄。広大な自然が背景にあるだけに、この家庭内の息の詰まるような状況が、余計に辛く感じられる。ジョニー・グリーンウッドによる音楽も、ムードを効果的に高める。
「男らしさ」の固定観念。解放への欲求と、その先に…
「男はこうあるべき」を過剰なまでに、呪詛のようにセリフや登場人物の行動にちりばめ、明らかにそこを批判する現代的テーマを、原作に忠実とはいえ1925年のカウボーイたちで堂々、かつ繊細に切り込むカンピオン監督の演出力に平伏す。
『ピアノ・レッスン』と時を超えて重ねたくなる表現も頻出し、それらを発見するのも映画ファンには歓び。
俳優では、『クーリエ:最高機密の運び屋』と続けて観ると、カンバーバッチが秘めた感情をいかに観客に想像させるのがうまいかを納得。そして『ぼくのエリ 200歳の少女』のリメイク『モールス』に主演した少年。外見はもちろん、カンバーバッチも軽々と挑発する演技巧者へ成長した姿にも感動。
この複雑な人物像は、カンバーバッチの演技があってこそ
1920年代アメリカの人里離れた牧場、それを取り囲む大自然、それらがそこにあるままではなく、ジェーン・カンピオン監督の手による一枚の画として映し出される。それを背景に、そこで暮らす人間たちの心理の機微が描かれていくのだが、その描写には謎解きの要素があり、観客は画面を見ながら、その人物がなぜそういう行動をするのかを考えていくことになる。
そのように描写される人物たちを演じる俳優陣はそれぞれが名演だが、目を奪うのがベネディクト・カンバーバッチ。彼が演じる牧場主はそこで働く粗野な男たちの同類のように見えながら、実は複雑な内面を持つ。この人物像の説得力は、彼の演技があってこそ。