C.R.A.Z.Y. (2005):映画短評
C.R.A.Z.Y. (2005)ライター5人の平均評価: 3.4
ジャン=マルク・ヴァレ幻の代表作が日本初公開!
故ジャン=マルク・ヴァレ監督の長編映画4作目にして、トロント国際映画祭の「カナダ映画史上トップ10」にも選ばれた不朽の名作である。男の中の男みたいな父親が君臨し、そのうえ男だらけ5人兄弟というホモソーシャルな家庭に育った若者ザックは、愛する父親の期待に沿うため「本当の自分」を封印し、いつしかホモフォビアすら内在させてしまうが、しかし結局は自らがゲイであることを受け入れざるを得なくなる。そんな主人公の迷いと葛藤と成長を、ことのほかポップで軽やかなタッチで描いた本作は、子供に勝手な理想を押し付ける親が「ありのままの我が子」を受け入れる物語でもある。クイア映画としても家族映画としても秀逸。
かけがえなく、面倒臭い家族の繋がり
タイトル通り、ちょっと変わった家族のドラマではあるが、パッツィー・クラウンの「CRAZY」が5人兄弟の名前の由来(頭文字)になっているのが肝。60年代後半、70年代中盤、80年代前半の3パートに分けて、ときにかけがえなく、ときに面倒臭い家族の繋がりをしっかり描いていく。主人公である四男の妄想シーンでストーンズやボウイが流れるノリノリな前半に比べると、どんどんシリアスになっていく後半の失速感は否めないが、17年前の作品がいま公開される意義は大いにアリ。LGBTQやロードムービーなど、ジャン=マルク・ヴァレ監督が本作後に手掛ける作品の要素が見えてくるのも興味深いところだ。
どこにでもある小さな出来事が暖かい
2021年に58歳で急逝した『ダラス・バイヤーズクラブ』のジャン=マルク・ヴァレ監督が、フランス系カナダ人一家の1960~80年代の生活を描く本作は、共同脚本家フランソワ・ブレの実体験に基づくが、主人公である5人兄弟の四男と同世代の1963年生まれの監督の子供~青年時代も反映されているだろう。ごく自然に自分が同性に惹かれることに気づいていく主人公。少しずつ開いていく父親との距離。なぜか子供時代から気が合わない次男との関係。どこにでもある小さな出来事の積み重ねが、どれも暖かい。シャルル・アズナブールのシャンソンを歌うのが好きな父と、デヴィッド・ボウイに夢中な主人公など、音楽使いも魅力的。
保守に歯向かうア・ラッド・インセインの青春
自由であることに価値観を見出した10代には、思春期の家族生活は地獄に等しい。亡きヴァレ監督がキャリア初期に手がけた本作は、そんなリアルを切り取った点で優れた青春映画だ。
保守的な時代と社会に、バイセクシャルの四男vs家族という構図を描く。“男らしさ”至上主義の父や兄たちは時に手ごわい敵となるが、加齢とともに少しずつ変わっていく彼らの心情には、切なさや温かさがにじむ。
音楽の使い方もうまいが、70年代のグラム~パンクは異端児の味方であったことを再確認。主人公は自称・無神論者だが、神がいるとすればそれはD・ボウイだったのだろう。
自分だけ特別?って思春期の苦悶を70年代カルチャーで軽やかに
家族の中で「自分は特別」と思う。多くの人が経験したであろうそんな感覚が、主人公の誕生の瞬間のアクシデントから、思春期の超フクザツな心情によって呼び起こされていく。同性を好きになる衝動がどう解消されるかなど、主人公が思春期を送る1970年代の空気感、カルチャーとともにリアリティをもって描かれる細部に感心しきり。
ストーンズ、デヴィッド・ボウイといったベタなセレクトから、通好みのアーティスト、何度も流れるナンバーまで音楽のこだわりはハイレベル。
前半はテンポの良さに、要所で自由自在な演出が繰り出されて快感。後半はややスローダウンし、じっくり描かれる部分も多いが、それも一本の映画として妥当な構成か。