イニシェリン島の精霊 (2022):映画短評
イニシェリン島の精霊 (2022)ライター7人の平均評価: 4.1
希望のない土地に男たちはしがみつき、女は別の場所へと飛び立つ
内戦に揺れる20世紀初頭のアイルランド、イニシェリン島という小さな貧しい島で、些細な理由から友情の決裂した2人の男がお互い後に引けなくなり、単なる意地の張り合いがどんどんと常軌を逸していく。小さなコミュニティにおける男同士の諍いが、外の世界で起きている戦争とパラレルになっているわけだが、そこで存在感を増すのがコリン・ファレル演じるパードリックの妹シボーンである。狭い社会でのしがらみに執着して分断を深めていく男たちを尻目に、彼女は夢も希望もない島に見切りをつけて新天地へ飛び立っていく。あとに残された者はそこで朽ち果てていくだけだろう。
この世で一番小さな内戦
最初は主人公のコリン・ファレル同様、何が起きているのか、自分が何かしたのか?なんでこんなことになってしまったのか?ということが自分の中で整理できずに戸惑いました。ただ、対岸から聞こえてきた”ある音”の意味を知った時、いきなり腑に落ちました。人間が3人集まると派閥が出来て諍いが起こると言われていますが、2人であってもそれはありうること。これが極限まで拡大された出来事が劇中の対岸の出来事であり、現在世界で起きていることでもあります。理由なんてとても些末なこと、もしかしたら理由がないかもしれない、それでも昨日の続きでない今日が訪れます。
深みのある寓意に、何を見るか?
主人公バードリックの視点で見れば受難のストーリーであり、ちょっと引いて見れば不条理劇。さらに俯瞰してみれば、ユーモラスで残酷な寓話が見えてくる。
話自体はふたりの男のいがみ合いのてん末を描いたもので、そこに他者の反応から霊的な預言まで、多種のドラマが絡む。監督によれば、この争いは島の向こうで起こっているアイルランド紛争と背中合わせとのことだが、今世界で起きていることと照らし合わせることも可能。指や動物の意味など想像力を刺激する、そんな寓意こそが本作の最大の味と言えるだろう。
朴訥さを漂わせる役者陣の好演も含め、深みのある秀作。全米の賞レースを賑わせているのも納得。
いつものマクドナーよりずっとダーク
絶妙なブラックユーモアはマーティン・マクドナーの得意とするところながら、今作はこれまでに増してダーク。最初のほうは笑いがあるものの、話が進むにつれ、どんどん深刻に。マクドナーによると「破局の辛さを正直に語りたかった」そう。実際、コリン・ファレル演じるパードリックの心境が迫りくるほど伝わってきて、見ていて切ない。これが男女の別れならよくあることとまだ納得できるだろうが、友達同士だからなおさら苦しいのだ。最初から役者をイメージして書いたとあって、ファレル、グリーソン、コンドン、キオガンはパーフェクト。絶望的でありつつ妙な余韻を与え、人間の性についても考えさせる独特な作品。
コメディとして観るか観ないかは、あなた次第
『スリー・ビルボード』のミズーリ州からアイルランドの孤島へ。今度も“田舎あるある”な日常で起こる、分かり合えない登場人物の行き過ぎた行動が激化する一方、オヤジ2人とシンクロするアイルランド内戦を踏まえないと、頭を抱えるだろう。ゴールデングローブ賞で“ミュージカル・コメディ部門”作品賞を受賞したように、人間の争いが国同士の戦争と地続きであることを皮肉ったブラックコメディだが、そう簡単に笑えないあたりは、いかにもマーティン・マクドナー監督作。彼の長編デビュー作『ヒットマンズ・レクイエム』で殺し屋コンビだった主演2人に、何かしでかそうなバリー・コーガンを加えた化学反応に、★おまけ。
2人の男の物語が、世界を映し出す
ごくわずかな住民しかいないアイルランドの離れ小島で、2人の男が仲違いし、その対立が次第にエスカレートしていく。2人には、どちらも自分が正しいと信じる考えがあり、どちらにも一理あるのだが、それを主張するだけなので、対立するより他に道はない。その島で、時おり、海を隔てた本土で起きている内戦の煙が見える。そして、男2人の対立が、この内戦を含む、あらゆる闘争と同じであることが伝わってくる。
そんな物語の舞台となる島の光景が物凄い。北の果て、住んでいるのは老人ばかり、小さな石造りの家が点在し、羊がいるだけの何もない島。しかしいつも空が大きく、どの時間帯でも、空の色と光が美しい。
なぜ長年の親友を遠ざけたのか。そこから衝撃すぎる展開へ
『スリー・ビルボード』のマクドナー監督なので、人間の心の闇を鋭くえぐると向き合うも、予想以上に不穏な“さざ波”に吸い込まれた。
長年の親友から突然の絶交を“突きつけられた”側の心情。そこに寄り添うだけなら普通のドラマ。C・ファレルも素直に戸惑い、苦しむ名演技で限りなく感情移入させる。ただ本作は“突きつけた”側の暴走を、ほぼ共感できないレベルで描き、そこに人生の断面を彫り込むスタンスで唯一無二の映画になった。
誰にでも気軽にオススメはできないかも。しかし観た後、深く語り合いたい相手なら心から推したい。そんな逸品。
アイルランドの島の荒涼&幻想的な美しさで、何も起こらないシーンもまったく飽きない。