すべてうまくいきますように (2021):映画短評
すべてうまくいきますように (2021)ライター7人の平均評価: 4.1
尊厳死を通して壊れかけた家族が再生・和解する物語
脳卒中の後遺症に苦しむ裕福な高齢の実業家が国内では違法の尊厳死を希望し、長年父親の身勝手に振り回されてきた娘たちが、今度は彼の希望を叶えるために奔走する。尊厳死というセンシティブなテーマを扱いながら、しかしここでは必ずしもその是非を問うわけでもない。社会的立場のため女性と結婚しながらも同性愛も隠さず男性の愛人を囲い、いつも自分の我を通して好き勝手に生きてきた老人。そんな父親に複雑な感情を抱く娘たちだが、それでも病気ですっかり弱々しくなった彼を憎むことも出来ず、いつしか父親の願いを本気で叶えたいと思うようになる。いわば、壊れかけた家族の和解と再生の物語。名優揃いのキャスト陣も素晴らしい。
死を主体的に選んだ親を送る気持ちとは
「生きるのと延命は違う」。脳卒中で思うように動けなくなって安楽死(人為的に寿命を短くさせるので尊厳死とは異なる)を選択した父親と、父親に振り回されながら彼の思い通り安楽死の手続きを取る娘たち。父親は社会的にも経済的にも申し分のない身分だから、安楽死を選択せざるを得ない社会を告発するような作品ではない。悲しみと愛情と憎しみを交錯させながら、死を主体的に選択した親を見送る家族の心境とはどのようなものかが、ほんのり温かく描かれる。安楽死は遠い存在のように思うが、老親やいずれ老いていく自分を重ねながら考えてしまう。くすんだブルーが画面のあちこちに配置されていて、観ているこちらの気分に寄り添ってくれる。
「明るさ」を失わないバランスの凄さ
コンスタントに新作を贈り続けるF・オゾン監督の、またも良質としか言いようのない秀作。仏流儀の「普通の映画」とでも言おうか、要介護の父と娘の関係を描くものだが、例えば『ファーザー』などの対極にある衒いのない澄明な語り口。「問題作」っぽい素振りがなく、ソフィー・マルソーやアンドレ・デュソリエら豪華キャスト陣の洒脱な軽みも素晴らしい。
尊厳死や安楽死という主題は『PLAN75』など最近様々なアプローチが増えているが、本作の裕福な一家の父親はスイスでの尊厳死を望むようになる。2021年の映画なのに、2022年9月13日――つまり91歳で亡くなったJ=L・ゴダール監督のことをどうしても思わせるのだ。
深刻なテーマに、冷静かつ正直に迫る秀作
尊厳死は、これまでも映画で語られてきた、重く、タイムリーなテーマ。そこにはいつも複雑な心理と社会的状況、法律が絡む。だが、今作は、そこをしっかり見つめつつも、メロドラマにすることを避け、あくまで冷静に語っていく。それでいて次に何が起こるのか、常に緊張させ続けるのだ。フラッシュバックに頼りすぎることなく、頑固者の父と、険悪な態度を取り続ける母の過去が自然な形で明かされていくのもいい。主人公で原作小説の著者であるエマニュエル・ベルネイムは、オゾンと「スイミング・プール」「ふたりの5つの分かれ道」の脚本を共著した人。誠意あるアプローチに、オゾンの彼女に対する敬意が滲み出ている。
深刻なだけじゃない日常のリアリティに救われる
「家族」というテーマ的にも、昨年末リバイバル公開された『ラ・ブーム』からの反動がハンパないソフィー・マルソー主演作だが、アイドル女優から国民的女優へ、いい年齢の重ね方をしたことが一目瞭然。原題は「すべてうまくいった」だけに、彼女演じる長女の願望でなく、そこに至る過程が描かれるが、同じ安楽死がテーマの『PLAN75』と異なり、深刻なだけじゃない日常のリアリティに救われる。自由気ままな父親のユーモアある会話に、マルソーが『フロンティア』のゴア描写をニヤニヤ観るシーンも印象的だ。そして、母親役のシャーロット・ランプリングとスイスの協会員役のハンナ・シグラの対照的な登場シーンに、★おまけ。
“顔”で物語る、父と娘の最期の葛藤
老いにより自分らしく生きられなくなったときのひとつの決断、いわゆる尊厳死に切り込むも、社会派映画のような重さはない。ここで描かれるのは、逝きたい者とその家族の葛藤。
S・マルソーふんするヒロインのとまどいに、主にスポットが当てられており、ドラマの軸は彼女の心の変化。いらだちや怒り、悲しみの一方で、気の重い時間の中にも宿る瞬間的な喜びなどが細やかに観察される。オゾン作品らしいクローズアップ映像の妙。
もちろん役者にも表情の繊細な演技が求められるがソフィはもちろん、自由の効かない父を演じるA・デュソリエも、無言で多くを語る母役のC・ランプリングもさすが。ある意味、“顔”の映画だ。
死の決断をシビアに、温かく、生々しく。この感慨は未体験の次元
安楽死というテーマなのでシリアスで重い展開を予感させつつ、本人と家族、それぞれの気持ちに実直に寄り添うので、その渦中に巻き込まれる。不思議な温かさも。ただしキレイごとに陥らず、父と娘の生々しい素顔も伝え、人間の意地悪な本能もスパイスにしてるところが、いかにもオゾン監督らしい。安らかな時間に鋭利なナイフを突きつけるようなドキリの瞬間を盛り込んだり、一見、平坦に感じる物語の流れにメリハリも鮮やか。そして2人の名優が表現する「老い」と「病」は文句なく至芸の極み。
人はどう最期を迎えるべきか。何が美しい人生か。経済的問題は…など、誰もが「自分ごと」として観てしまう。そんな映画のマジックがはたらく逸品。