バーナデット ママは行方不明 (2019):映画短評
バーナデット ママは行方不明 (2019)ライター6人の平均評価: 3.3
どう見る? リンクレイター初のセレブドラマ
リンクレイターの長編作品は、ほぼすべてが市井の人間のドラマであり、観客としては入り込みやすかった。が、本作は当たり前のように南極旅行を計画してしまうリッチな家族の物語。それがどう出るのか?
マイクロソフトで開発者として活躍する夫と、建築家として注目を集めるも結婚でキャリアを捨てた妻。そんな彼らの自分探し、ひいては共有していたはずの愛情を取り戻す過程が描かれる。丁寧でテンポの良い描写はリンクレイターの職人芸と言えよう。
正直セレブ臭が最後まで消えなかったが、それでもブランシェットの熱演はいつもどおり圧倒的。子どもが大人に“気づき”をあたえるリンクレイターらしいテーマも光っている。
リンクレイター監督の旧作がようやくの日本初公開
かつては男ばかりの建築業界でトップを競った天才建築デザイナー、今はIT長者の奥様として何不自由なく暮らす専業主婦が、その平凡で退屈で煩わしい日常生活の中で徐々にメンタルを病んでいく。いわば創造の翼を折られてしまった芸術家の再生ドラマ。と同時に、キャリアより子育てを優先せざるを得なかった女性の物語でもある。旦那さんがいかにもな亭主関白とかではなく、むしろ妻の才能に理解がある理想の夫であるところは逆にリアル。自分にはジェンダーバイアスなどないと思い込んでいるからこそ、無自覚な偏見や現実を無視した正論で妻を追い込んじゃうのね。お話自体はわりとありがちだけど、清濁併せ吞んだ人物描写は鋭くて面白い。
「TAR/ター」への助走としてのブランシェットの味わい
ケイト・ブランシェットは現代最高の俳優の一人。そこに異論を挟む人は少ないはず。彼女のひとつの到達点『TAR/ター』の少し前に撮られた本作では、主人公の仕事における才能、および傲慢なのに精神的な脆さも露呈する姿など共通項を多数発見でき、俳優のキャリア、その流れを体感する幸福がある。
経済的に何不自由ない主人公一家が南極旅行を事もなげに計画したりする、ある意味“非日常”的部分と、隣の家とのいさかいなど誰もが感情移入しやすい“日常”の交わりで、ドラマを面白くするのはリンクレイターらしい一面。マイクロソフトが提供しようとする新技術や、主人公の仕事も絡めて登場する数々の美しい建築デザインが記憶に残る。
葛藤する女性を温かい目で見つめる
女性にとって母親業とキャリアの両立は永遠の課題。バーナデットは、キャリアを諦めろと言われたわけではないものの、いろいろな状況が重なって主婦となった。だが、自分の中に潜むクリエイティブなエネルギーを発散できないせいで、人柄に影響が出てしまっている。この葛藤に共感できる女性は多いはず。嫌なキャラクターを、二面的にすることなく、奥にある何かを感じさせつつ演じるケイト・ブランシェットはさすが。母と娘の強い絆はこのストーリーでとても重要だが、新人のエマ・ネルソンから最高のものを引き出したリンクレイターにも感心。一見やりづらい人にも事情があるかもしれないし、思いやりを持とうと考えさせられた。
クセは強いが、しっかり笑えて泣ける!
リンクレイターが傑作『アポロ10号1/2 宇宙時代のアドベンチャー』(22年)の前に撮った2019年の快作。サタデー・ナイト・ライブの作家出身、マリア・センプルの小説が原作。ビートルズの『アビイ・ロード』丸ごとがシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」になったり、シンプルに変換・整理しつつ独特の雰囲気を良く伝えている。
情緒不安定なズボラ主婦だが実は元天才建築家――というC・ブランシェットの一見完璧な強者の軋み(今回はその反転形)は、『TAR』『ブルージャスミン』『キャロル』等とも通じる十八番。そこから真っ当な人生の再生劇へと転がる展開が抜群で、南極(ロケはグリーンランド)も美しい!
ケイト・ブランシェットにシビレる
自分が今、いい状態ではないということに気づかなくなってしまっているヒロインが、ある出来事によってそれに気づき、その状況を変えようとする。そんな物語が、日常にはあまりなさそうな設定で、しかもコミカルに描かれるので、笑わされつつ胸を打たれる。
その物語とはまた別に、ケイト・ブランシェットのクールなカッコ良さにシビレる1作。彼女がサングラスでコートの肩にスカーフを掛けて歩く、ただそれだけで、どうしてあんなにカッコイイのか。なぜ、それだけで、彼女は天才建築家なのだと感じさせるのか。ブランシェットが、『TAR/ター』とはまた別のエキセントリックな天才肌のアーティストぶりをたっぷり堪能させてくれる。