アンテベラム (2020):映画短評
アンテベラム (2020)ライター7人の平均評価: 3.4
反人種差別を幹にした意外性満点の社会派スリラー
前半で南北戦争時の黒人奴隷の惨状をイヤというほど見せつける。この映画は観客をどこに連れていこうとしているのか? そう思わせる不思議な構造こそが本作の面白さ。
物語はこの時代の薄幸のヒロインとよく似た、現代の成功した黒人女性の物語へと唐突に飛び、スリラーへと突進しながら、過去の物語とシンクロしていく。
メビウスの輪のようなストーリーだが、見終えると主張はキチッと伝わっている。『ゲット・アウト』以降、スリラーの分野では人種問題を扱った作品が増えているが、これは工夫が活きた、これまでに見たことのないタイプの社会派作品。ディテールの検証を含めて、要注目。
今も社会の隅々に息づく奴隷制度という「アメリカの原罪」
アメリカ南部の農園で地獄のような日々を送る黒人奴隷と、そのリベラルな発言のせいで白人至上主義者から憎まれる黒人のベストセラー作家。この全く異なる時代と環境に生きる2人の女性の物語が、やがて意外な形でひとつに結びついていく。現代社会における根強い人種差別問題をテーマにしており、なおかつ製作陣のひとりが『ゲット・アウト』や『アス』のショーン・マッキトリックであることから、同じような不条理ホラーを期待する向きも多いかと思うが、これはむしろ『ヒッチコック劇場』的なスリラーの系譜に近い。衝撃のどんでん返しは賛否あるだろうが、今も息づく「アメリカの原罪」を象徴するという意味で上手いアイディアだとは思う。
できる限り予備知識を少なく観た方が、作品の意図に耽溺する
気鋭の監督コンビによる斬新なスリラー。その予備知識だけで「なんとなく観たい」と思ったら、それ以外の情報はできる限りシャットアウトして臨めば、予想以上の驚きと、謎が明かされる醍醐味を大いに楽しめる。基本、映画はそうやって観るのが理想だが、本作は特にその好例。
『風と共に去りぬ』以来おなじみの、奴隷たちが労働を強いられる南部の農場を、ワンカットで流れるようにみせる冒頭で一気に世界に引き込まれ、想定した物語が少しずつズレを生じ始める。その不穏感、要所の明らかな違和感に、観ているこちらの神経が反応する。下手をすればB級となるリスクも抱える内容を、テーマもきっちり、スタイリッシュな装丁でまとめた印象。
南北戦争前に戻りそうな気配が漂うアメリカの闇!
トランプ政権下、公然と集会を開く白人至上主義者を大統領が“いい人”扱い!? 自らを「支配層」と信じる人間が差別意識を剥き出す異常さが恐ろしいし、連邦議会議事堂襲撃に至っては南北戦争前に戻ってもおかしくない気配を感じる。そんなアメリカが直面するレイシズムに焦点を当てた、ひねりの効いたスリラーだ。BLMの原点となった警官の過剰暴力を思い起こさせる冒頭のシーンから、非常にタイムリー。J・ヒューストンら個性派が出演しているが、物語を一人で引っ張るのはJ・モネイだ。南部のプランテーションで奴隷として扱われることになり、困惑しながらも自由を求めるリベラル派作家ヴェロニカを体当たりで熱演している。
随所に先読みさせない仕掛けが用意
“『ゲット・アウト』『アス』のプロデューサーが放つ”が最大のヒントになっている一発ネタ映画。南北戦争時代、白人将校たちから重労働を課せられる黒人女性と、現代で名声を得たリベラルな社会学者兼作家。まるで絵画を見ているような冒頭の長回しショットに、長編デビュー作となる監督コンビのただならぬ気迫を感じる。状況が異なる2人の物語も色使いやバランスなど、意図的に狙っており、それが先読みさせない効果に。そんななか、突如“あるアイテム”が登場することで、脳内がパニック状態になることは必至。一人二役を演じるジャネール・モネイの絶叫芝居はもちろん、ジェナ・マローンの怪演も見どころ。
仕掛けが判明したときに、真の恐怖がやってくる
かつてのM・ナイト・シャマラン監督の映画を連想させるような"大仕掛け"が仕込まれた映画なのだが、シャマラン映画と違うのは、その仕掛けの判明がストーリーのオチなのではなく、作品のテーマと密接に結びついていること。仕掛けの正体が判明したときに、真の恐怖がやってくる。
もうひとつの見どころは、その仕掛けのために、映画の作り方に"歴史映画の典型的フォーマット"を使うこと。冒頭では現在を描いていた映画が、いきなり音楽も映像も変貌し、オーケストラによる音楽、長回しで映し出される遠景、古典絵画のような質感の、いわゆる歴史映画の形状になる。そして主人公だけでなく、観客をも混乱させるのだ。
強烈なメッセージを野心的な形で伝える
アクティビストのコンビならではの作品。奴隷エデン(ジャネール・モネイ)の話で始まり、途中から急に都会のモダンな女性ヴェロニカ(これまたモネイ)に切り替わって、次第にそのふたつの話の関係がわかっていく。その“オチ”を、極端だ、信憑性がないと受け取る人もいるだろう。しかし、最初に出てくる(途中セリフでも登場する)「The past is never dead. It’s not even the past (過去は死んでいない。それは過去ですらない)」という言葉を思えば、ギミックというより、言いたいことを伝える野心的な手段だったのだと感じる。今作で長編監督デビューを飾った彼らの次に期待したい。