シェイプ・オブ・ウォーター (2017):映画短評
シェイプ・オブ・ウォーター (2017)ライター8人の平均評価: 4.9
甘美で切ないデル・トロ流モンスター美学の到達点
現実の悪しき世界から非現実的な美しき世界へ向かう……という点では『パンズ・ラビリンス』の変奏曲ともとれるが、悲劇ではなくファンタジーに振り切れていることにデル・トロの意匠を感じる。
モンスターはもちろん、往年のミュージカルにオマージュを捧げたダンス・シーンや水中でのラブ・シーンは、日常の殺風景な場面を超越する。その日常にしても、くすんだレトロ感覚が漂う。彼にしか描けない映像の美を見た。
単なる夢物語に終始せず、ヒロインを性欲のある生身の人間としてとらえている点もいい。S・ホーキンスの妙演は、それでも人間はチャーミングでいられることを伝えるに十分だ。大人のためのファンタジー。必見!
「美女と野獣」がたどり着けなかった、今こそ必要な愛の境地。
一昔前なら密かに語り伝えられた
淋しげな女性と魚人間の繊細な愛
いまデル・トロの感性に光が射す
せちがらく排他的な世界の片隅で
生きづらさを抱える者と響き合い
不寛容な時代に見る純粋無垢な夢
種族も性差も美醜も超えた幻想譚
理解し合えば他者は消えてしまう
たちまち融け合うこころとこころ
ときめいて舞いあがり泳ぎまわり
異形がイケメンに変わることなく
おのずと重ね合うからだとからだ
色彩は溢れキャメラは流麗に踊り
たゆたう愛の形に生きる力が甦り
映画の持つ力を信じさせてくれる
今夜、オルフェウム劇場で
単なるデル・トロ版『スプラッシュ』×『アメリ』にあらず。もし、『大アマゾンの半魚人』の「半魚人とヒロインが結ばれていたら?」という発想から始まっているが、デル・トロが『パシリム』続編の監督を蹴ってまで、全力投球したかったのも納得できる渾身の一作である。“ロマンス劇場”どころじゃない異形とのラブストーリーにして、政治サスペンスであり、ときに引くぐらいの艶笑コメディ。どの役者も巧すぎて、どのキャラも愛らしく見えてくるのは、いかがなものか。『砂漠の女王』など、サラリとトランプ批判もあったりと、軽く『パンズ・ラビリンス』を超えただけでなく、“ジャンル映画の向こう側”に行ってしまった感もある。
ギレルモ自身が《僕の最高傑作》と言い切るラブストーリー
ギレルモ・デル・トロ監督は出演オファーの際に「魚と寝る女性の物語」と説明したというし、確かにその通り。でも綿密に組み立てたキャラクター設定や時代背景、色調設計が複雑なドラマを生み、とてもロマンティックでスイートなラブストーリーに仕上がった。まさにギレルモ・マジック! そして監督の“好き”を盛り込むことでほのかなユーモアが醸し出され、冷戦下の不穏な空気のなかで愛を育む異質とみなされる男女の姿に見る人全てが共感するだろう。主演のサリー・ホーキンスはじめ、役者全員が当て書きなのも納得の好演を披露する。人種差別を助長し、分断が広がるトランプ政権にノーをつきつけたという意味でも、今見るべき作品だ。
愛が水のように形を変えながら満ちていく
ヒロインが、彼女が出会った不思議な生き物を愛する理由を手話で表現するとき、それがズシンと腑に落ちる。そうなのだ、これまでもデル・トロ映画ではずっと、モンスターなのは人間で、どこかが周囲と違う者たちはみな純粋だった。生まれつき声を出すことができないヒロインが、自分の愛するものの命を救うことを決意する。すると、彼女同様どこか異なる部分のある人々が、彼女に協力していく。そういう物語が描かれていく世界は常に、今回は少し緑が強い、いつものデル・トロの青緑色に覆われていて、まるで水の中のようにも見える。その薄暗りの中で、モノクロのミュージカル映画流の古風なロマンチシズムが、ほのかな光を放つ。
天才が全力を出している
観たら分かる、傑作やん!ってヤツです。息詰まるほどのエナジーに陶然。ギレルモ・デル・トロの「ありったけ」が詰まってる(全部乗せ、とまでは言わないが)。まだ出してなかったカードを加えつつ、特に『ヘルボーイ』と『パンズ・ラビリンス』が冷戦下(象徴的な1962年)を舞台に止揚された趣だ。
改めて思うのは、トランプへの反撃として多様性やマイノリティ賛を謳う映画人の熱が本当に高揚していること。後年振り返ったら「時代のカラー」として認知されるだろう。デル・トロはメキシコ人としてのアイデンティティについてよく語るが、保守マッチョ白人の権化にも悲哀を宿らせ、役者の中ではM・シャノンが最も圧巻というのも凄い!
無形文化財レベルの“非人間”演技。愛に理由なんていらない
種族を超える、デル・トロ流「人魚姫」+「美女と野獣」なラブストーリー。何をおいても評価したいのは、半魚人になりきったダグ・ジョーンズだ(『パンズ・ラビリンス』の手のひら目玉怪人などの人!)。そのたたずまい、狂気がにじみ出る瞬間、ヒロインを慈しむ視線。キャリアが集大成されたマジカル演技に感動の涙。
よき理解者のゲイの隣人にも温かい眼差しが注がれ、デル・トロ作品とは思えないゲイテイストの充満も、ちょっとした驚き。
一点、不満を挙げるなら、ヒロインがなぜ恋におちたのか、やや説得力に欠けるところ。しかし、こうした不完全さも、デル・トロ作品の魅力。誰かを好きになるのに、理由はいらないのだから……。
ギレルモ・デル・トロ以外には絶対に作れないオリジナルな映画
モンスター映画で、政治や社会についての映画で、ミュージカル。バイオレンスも笑いもあるが、基本の部分で、とても優しい。無理やりひとつのジャンルに収めるならば恋愛映画ということになるのだけれど、そこにも、ボーイミーツガール的な初々しい要素だけじゃなく、エロチックな要素もある。それらが見事にまとまっているのは、すべてギレルモ・デル・トロという人の世界観にあるものだから。口のきけない女性と不思議な生き物が言葉を交わさずに心を通わせていくのに、周囲の男たちがたくさん話しつつも理解しあえないというのも、興味深い。オリジナリティあふれる名作。