茜色に焼かれる (2021):映画短評
茜色に焼かれる (2021)ライター6人の平均評価: 4
今を生きる全ての日本人が見るべき傑作
強者には手厚くも弱者には厳しく、日常のささやかな正義も思いやりもないがしろにされ、弱い者がさらに弱い者を叩いて留飲を下げる殺伐とした現代日本社会。名もなき庶民であり女性であり、シンママでありパートタイマーであり、風俗嬢で夫を失った未亡人でもあるヒロインは、その弱い立場ゆえ日常の様々な場面で誰かから平然と踏みつけにされている。そんな彼女が正気を保って世の中を生き抜くため、そしてなによりも愛する息子を守り育てるため、理不尽に耐えながらも前を向いて誇り高く突き進んでいく姿を描いていく。その厳しくも温かな眼差しは石井裕也監督の真骨頂。時に鬼気迫るものすら感じさせる尾野真千子の芝居も圧巻だ。
ジョン・レノンの「マザー」のごとき極私的発・ハードコア超大作
言わば「絶唱」系。石井裕也の全身全霊の情念とエネルギーが叩きつけられる超重量級の傑作だ。2019年4月に池袋で起こった元官僚の高齢者ドライバーによる過失運転事故をモデルにしたとおぼしきエピソードを起点に、コロナ禍の現在ーー「マスクをつけた世界」を描く日本映画のいち早い登場。尾野真千子(石井監督とは『おかしの家』で組んだ)扮するシングルマザーの田中良子は、腐った社会の欺瞞や理不尽に対する巨大な問題提起だ。
具体の数字が示される厳しい経済事情。ウソと直截な本音を往還しながら、「まあ、がんばりましょ」のひと言をタフな命綱にひりひり焼かれる混沌に立ち向かう。ケイ役・片山友希や息子役・和田庵らも鮮烈!
コロナ禍を舞台にした壮絶な重喜劇
なんだかんだ上っ面な印象が強い石井裕也監督作だが、池袋の自動車暴走死傷事故を思い起こされる冒頭から、今回はただならぬ本気度が伝わってくる。その後も、肝っ玉母ちゃんを演じる尾野真千子の芝居を中心に、ただならぬ熱量に満ち溢れた144分。母子に次々と降りかかる災難は、あまりに理不尽すぎて、観ていてやるせなくなるほどだが、嫌味なくコミカルな描写が散りばめられ、コロナ禍を舞台にした重喜劇として、見応えたっぷり。いろいろと解釈できるタイトルや、ヒロインが働くピンサロ店長の永瀬正敏もいいが、同僚を演じる片山友希がとにかく素晴らしい。そのインパクトといい、間違いなく代表作といえる。
「まあ、頑張りましょう」のつぶやきが辛い
交通事故で夫を失ったシングルマザーが生活費に困窮しているところにコロナ禍。日本国民の大半が実感する生活苦と重なるが、尾野真千子演じる京子のメンタルが強すぎ。不幸をわざわざ背負っているような掴みどころのなく、共感しにくい。自傷癖ありの同僚や上しか見ないホームセンター店長といったわかりやすいキャラと差が激しすぎる。元女優なので困難に対処する方法として演じることが習い性となっていると理解した。だから彼女が口にする「まあ、頑張りましょう」が絶望の裏返しと思えてすごく辛い。夫のバンド仲間や同僚のDV恋人など出てくる男がクズばかりで、風俗店店長と秀才の息子くんのまっとうさに救われる。
がんばりましょ
コロナ禍を真正面から取り上げた作品で、ここまでの公開規模の作品は本作が初めてなのではないかと思います。しかも、最もはっきりと見える視線の持ち主の物語にしているので非常に身近に映画を感じることができます。
そんな中で、独特の逞しさを見せるシングルマザーの尾野真千子の芯の強さが物語をふわふわさせずに地に足のついたものにしてくれています。
「がんばりましょ」という彼女の言葉を聞くとなんとなく頑張れるような気がします。
コロナの時代をスクリーンで観たいか? いや、観るべきだろう
マスクやアクリル板、施設での面会などコロナ禍の日常が(さらに高齢者運転問題も)細部にわたってドラマに組み込まれ、撮影時の「2020年夏」を記録した意味で必見。特に風俗の現場でのコロナの描き方はチャレンジングで、監督の本気を感じる。
コロナ部分を差し引いても、シングルマザーと悩める息子の苦闘として普遍的エモーションを届けるし、尾野真千子の主人公が何かにつけ口にする「まぁ頑張りましょう」というセリフは、聞く人によって励ましとも、諦めとも受け取れ、今の時代を生きるわれわれに鋭く、切実に響く。
『町田くんの世界』でもそうだったが、石井監督は若手俳優の「ぎこちなさ」を「みずみずしさ」に変換するのが上手!