ヘイル、シーザー! (2016):映画短評
ヘイル、シーザー! (2016)ライター5人の平均評価: 3.8
闇が薄められたハリウッド・バビロン。
正直、コーエン映画の何がそんなに“優れて”いるのかが僕には判らない。それでも今回は容易にモデルの想像がつく(あるいは複数の候補を思い浮かべて愉しむ)ベタなオールド・ハリウッドネタで、まぁ観ているぶんには楽しいが「で、結局それがどうした?」という物足りなさが残るのはいつもと同じ。問答無用に面白いという地点まで突き抜けてるってこともないしなぁ。赤狩りに遭ったライターたちの復讐劇なら、スター俳優を誘拐して木乃伊取りを木乃伊にしたりソ連の潜水艦と接触したりするよりも、『トランボ』で描かれたような事実のほうが遥かに痛快。いちばん笑うのはユニヴァーサルでMGMネタをやっちまったことかな。
ハリウッド黄金期を支えたスタジオシステムへの大いなる郷愁
映画界が衰退しつつあった’50年代初頭。大物スターの誘拐事件を巡るドタバタ珍騒動を通じ、ハリウッド黄金期を支えたスタジオ・システムの功罪をブラックユーモアで笑い飛ばす。
舞台となる映画会社はMGM、水着ミュージカル女優はエスター・ウィリアムス、双子のゴシップ記者はヘッダ・ホッパーとルエラ・パーソンズ、隠蔽された妊娠騒動はロレッタ・ヤング…といった具合に、元ネタ探しも愉快な本作は、世界最大の夢工場だったかつてのハリウッドへの郷愁が溢れている。
予備知識がなくとも楽しめる部分はあるが、しかし例えば西海岸のスタジオと東海岸の本社の役割分担など、当時の背景事情はある程度予習しておきたい。
夢と狂気の王国50年代ハリウッドへ捧ぐコーエン兄弟の愛惜の念
表向きは往年のハリウッドを舞台にしたコミカルな誘拐劇。映画通はモデルとなった映画人を想起してほくそ笑む。決してパロディではない。新興勢力テレビに気圧され、大スクリーンならではの魅力を創出すべく製作された史劇やミュージカルの醍醐味を、コーエン兄弟は本気で再現する。誘拐犯は「ハリウッド・テン」を思わせる。悲劇の主役として語られがちな“赤狩り”の犠牲者への辛辣な眼差しが興味深い。裏社会と繋がっていたスタジオ上層部の揉み消し屋をヒロイックに描くところに屈折がある。崩壊の始まり「1951年」に時代設定し、黄金期の最後の煌めきを描いて、普通じゃない連中の夢と狂気の王国に対する深い愛惜の念を感じさせる。
大物スターを贅沢に使うも、もったいなさが際立つね。
黄金時代のハリウッドを舞台にした内幕ものだから、歌うカウボーイとか水着の女王、美男ミュージカルスター、双子のコラムニストなど映画ファンならニッコリのネタが山盛り。しかもジョシュ・ブローリン演じる主人公は映画会社の汚れ仕事を請け負う何でも屋で、女優の妊娠もみ消しから大スターの誘拐事件まであらゆるトラブルに対応するのだから、古き良きハリウッドの闇も垣間見えて興味深い。人気者だけど演技力と知性に「?」がつく大スターを演じたジョージ・クルーニーはじめ売れっ子役者が次々登場するのが魅力のひとつだけど、ジョシュとティルダ・スウィントン以外はキャラの作り込みが浅く、思わず「もったいない」とため息。
ベタな笑い満載のコーエン兄弟版「ハリウッド・バビロン」!
ハリウッド黄金時代のダークサイドを、ホラ話の手つきとベタな笑いで思いっきり陽気に描く、映画ファンのためのおとぎ話。当時の暗黒面を描くケネス・アンガーの名著「ハリウッド・バビロン」を、コーエン兄弟が彼ら流のコメディ感覚で翻案するとこうなる。往年の実話を下敷きにした出来事が続々、しかも実在の銀幕のスタアたちを連想させる登場人物たちは、実際の現代ハリウッドの人気スターたちが演じているという豪華な仕様。本作もまた映画なので、この世界で起きる出来事は、すべて背景を描いた書き割りの前で起きているように見えるよう撮られている。スタジオに雇われた何でも屋が最後に牧師に告げる決意に、映画愛が溢れている。