ハドソン川の奇跡 (2016):映画短評
ハドソン川の奇跡 (2016)ライター5人の平均評価: 4.4
英雄伝が成立したのも、厳しい事故調の追及あってこそ
155人の命を救った機長VS.事故調査委員会。
スピルバーグらしく信念貫く人物が主人公で、事故調が悪役に見えがち。
しかし、ハドソン川不時着という機長の判断は正しかったか?
9•11後の米国では疑念を持たれるのも当然であり、
事故調のそこまでやるか!の追及には感嘆すら抱く。
事故調が入っても、うやむやになること多々の日本に暮らしていると尚更。
『ニュースの真相』でも描かれて板が、責任の所在を明確にさせる社会の違いを見せつけられた。
機長も身の潔白が証明されたワケだが、一点でも曇りがあったら今頃…。
本作で事故を振り返り、死者が出なかったことも含めて丸く収まって良かったとしみじみ。
これだけ盛り込んでイーストウッド監督作、最短の96分
前作『アメリカン・スナイパー』に続き、イーストウッド監督が“アメリカの英雄”について問う本作。事故の一部始終はもちろん、一躍国民的英雄になった一方、調査委員会の理不尽な追及もあり、家族に会えない機長の苦悩や葛藤、将来の不安など、見応えある人間ドラマ。さらに、コンピューターのシミュレーションにクギづけになるクライマックスまで、たっぷり盛り込みながら、全監督作中、最短の96分という尺に驚かされる。困難に立ち向かうキャプテンを演じさせれば、右に出る者はいないトム・ハンクスのブレない演技も、トッド・コマーニキの脚色も見事。ハンクスの盟友、ロバート・ゼメキスによる『フライト』と観比べるのも一興だ。
機械には真似できない“人間的要素”の重さを知る
ハドソン川に飛行機が着水の報道を知り、サリー機長に「ブラボー!」と喝采を贈った一人だが、英雄のはずの彼が航空会社の厳しい調査を受けていたことは知らなかった。パイロット歴40年のキャリアと人命をかけた決断の是非を問われるプレッシャーをクリント・イーストウッド監督とトム・ハンクスが手堅く描き、見る側はチーム・サリーに! やるべき仕事をこなすプロの自覚と機械には絶対に真似できない“人間的要素”の重さが伝わってくる。コンピューターがチェスや将棋、碁の王者を次々に打破しているけれど、計算で割り切れないのが人間の強みなんだよね。上陸後、悠然とコーヒーを飲んでいた機長の映像が無かったのが残念かな。
英雄の戸惑いと葛藤から浮かび上がる生と死の表裏一体
ハドソン川への不時着で乗員乗客を救った国内線機長の英断は当時日本でも話題となったが、イーストウッド監督はその機長の知られざる葛藤に焦点を当てていく。
果たして彼の決断は本当に正しかったのか。事故調査委員会の理不尽な追及に追い詰められていく機長が、いかにして自らの正当性を立証していくのかがストーリーの鍵となるわけだが、しかし本作の核心は別のところにあると言えよう。
いきなり英雄へ祭り上げられる戸惑い、もし最悪の結果を招いていたらという恐怖。浮かび上がるのは生と死の表裏一体だ。そういう意味では「ヒアアフター」を彷彿とさせる点も多く、近年のイーストウッド作品に共通する死生観が見えてくる。
アナクロの美学、そして笑顔の美学
『ブラッド・ワーク』『人生の特等席』等でアナクロな生を体現してきたイーストウッドがコンピューターの過信に警鐘を鳴らす映画を撮るのは、ある意味必然的。
主人公は多くの人命を救ったにも関わらず過失を問われる。その根拠がコンピューターによるシミュレーション、という点がミソ。人間は完璧ではないが、それゆえに人々の心を動かすことができる。そんな要素は、まさにマンパワーを信じるイーストウッドらしさ、だ。
同時に本作は“笑顔”の物語でもある。若い頃に“飛行士なら笑顔でいろ”と言われた主人公は、ほとんど笑顔を見せないが、だからこそ結末には救われる。笑顔を呼ぶ要素はコンピューターでは計算できないのだ。