オリエント急行殺人事件 (2017):映画短評
オリエント急行殺人事件 (2017)ライター8人の平均評価: 3.1
大仰な口髭に象徴されるデフォルメし過ぎたポアロ監督の戦略ミス
ポアロの大仰な口髭に難点が象徴されている。大事件を用意しキャラ立てを強調する導入。原作になき雪崩スペクタクルやアクションの挿入。65ミリフィルム撮影による誇張された空間演出。パイレーツと007上司と銀河のヒロインが競演を果たすオールスター大作感。有名なミステリーの変えようのない結末へどう運ぶか。74年版の名作を如何に超えるか。監督も兼ねたポアロ=ケネス・ブラナーの戦略は涙ぐましいが、容疑者たちが「最後の晩餐」よろしく居並ぶ場面でデフォルメはピークに達す。勧善懲悪がテーマならそれもいい。切実な動機、犯人の悲哀を描き、名探偵の人間味が露わになる本作の味わいに、これらの戦略は全くもってそぐわない。
いかにも、お正月向けのオールスター映画
15年正月に三谷幸喜脚色のスペシャルドラマが放送されているだけに、日本では懐かしさも何もないが、お正月らしさ満載のオールスター映画であることに間違いない。なかでも、目を惹くキャスティングは、聡明らしさがレイと異なるデイジー・リドリー。また、ケネス・ブラナーがクローズド・サークルのミステリーを演出するからといって、ガチに演劇的でないところが本作のミソ。『アバランチ・エクスプレス』ばりの雪崩シーンに、「最後の晩餐」をイメージしたクライマックスの推理シーンといった、意外な見せ場も用意。ほぼ制作決定の次回作『ナイル殺人事件』だが、吹き替え版では名曲「ミステリー・ナイル」のカバーを流してほしいものだ。
古き良きハリウッド映画の味わいを今に伝える格調高さが魅力
アガサ・クリスティのあまりにも有名な推理小説の2度目の映画化。しかも、前回のシドニー・ルメット版はミステリー映画史上でも指折りの傑作だ。さすがに無謀な企画とも言えよう。
とはいえ、そこはさすがケネス・ブラナー監督。軽快なストーリー運びや登場人物の現代的解釈など、そこかしこに21世紀仕様のアップデートを施しつつ、1930年代を舞台にした原作の優雅な格調高さはしっかりと残している。
確かにルメット版を見ていれば謎解きのトリックは分かり切っているし、オールスターキャストの顔ぶれもルメット版に比べて風格に劣ることは否めないが、古き良きハリウッド映画の味わいを今に伝える作品として十分に楽しめる。
白熱の演技合戦 VS 映画的な空間演出
まずは白熱の演技合戦が見もの。列車の乗客全員が容疑者なので、登場人物が多く、各自がフィルムに登場する時間は少ない。その限られた時間の中で、どれだけその人物の個性を際立たせられるのか。それをベテラン俳優からブレイク寸前俳優までが同じ土俵の上で競い合い、それを俳優でもあるケネス・ブラナー監督が余さず映し出す。
加えて監督が力を注いだのは、物語を車内という限定空間から解放して、大きな光景を見せること。何しろ65mmフィルムによるシネスコ映像。冒頭シーンや車外の広大な風景に加えて、列車内も、ひと続きの長い空間として捉えたり真上から俯瞰するなどの演出で、映画的な空間の創出を試みている。
適切にアップデートされていて、もっと納得がいく
誰が殺したかの答は同じながら、今作では、殺した側の苦悩や悲しみがもっと描かれている。答の明かされ方も、もっとドラマチック。1974年版の終わり方は、今の観客ならばやや抵抗を感じるのではと思われるが、そこもアップデートされた。また、密室内の物語でありながら、今回は登場人物たちをもっと外に連れ出しているのも、ビジュアル的に変化が出て楽しい。オールスターキャストなのは今回も同じ。だが、ここでも、できるかぎり違った人種を入れるなど、21世紀らしい心配りが見られる。
ケネス・ブラナー版ポアロは人情派!
灰色の脳細胞を持つ天才探偵が久々に復活! 65mmフィルムでスペクタクル感を増大した映像美が凝り性のケネス・ブラナー監督らしい。ただし原作が有名すぎて物語を多少ヒネるくらいしかできないのが辛いところ。しかも多数の登場人物にスターを配役したので、出演場面やセリフが均等に少なくなり、役者がャラクター作りに苦労したのがわかるくらいにみな平板。結果的にはブラナー監督演じるポアロのみが目立つ結果となり、「罪を憎んで人を憎まず」的なポアロらしからぬ言動まで披露。ブラナー監督による新解釈ではポアロは奇矯さが減り、より社会性も増している。次は『ナイル殺人事件』らしいし、ポアロをどんどん成長させる気かな?
軽妙洒脱なポアロ像に古典ミステリーの新味をみる
原作を愛読し、最初のシドニー・ルメット版映画も見ている身として、観賞前は正直、今さら感はあったが、この再映画化はなかなか歯応えがあり、その世界に没入してしまった。
キャストの豪華さはもちろん、それぞれが良い仕事ぶり。えげつなさを身にまとった前半のJ・デップもいいが、ミステリアスな貴婦人になりきって久々に歌声まで聴かせるM・ファイファーもいい。
しかし、本作の見せ場を持って行くのは監督にして名探偵ポアロ役を兼任したK・ブラナー。今までのポアロ俳優の誰よりも軽妙洒脱で、同時にポアロ自身の成長のドラマも体現している点が新鮮。シェイクスピア劇を現代に甦らせた『から騒ぎ』での妙演を思い出した。
クリスティーのファン目線で、今これは精一杯!敢闘賞!
原作も1974年の映画版も結末を知ったうえで体験したので、作品に対して純粋な判断ができなかった。結末を知らずに、今から向き合う人が心底、うらやましい。そういう意味で、もはやこの物語は、伝統芸の歌舞伎に近い。今回も初見では、「ここを、こうしたか」などチェックに忙しかった。そして2回目、できるだけ冷静に観たところ、クライマックスで素直に心を動かされた。原作が名作であることの証明だろう。
ケネス・ブラナー演じるポアロの語り口は、シェイクスピア劇のような重厚感。パトリック・ドイルのスコアも琴線にふれる。出番は少ないが、ダンサー、セルゲイ・ポルーニンの飛び蹴りが笑っちゃうほど華麗!