ビューティフル・デイ (2017):映画短評
ビューティフル・デイ (2017)ライター4人の平均評価: 3.8
暗闇で体感する、美しくも如何わしい感触
行方不明の少女を救出することが、自身のトラウマからの解放に繋がる男の物語。現代版『タクシー・ドライバー』にして、随所に『バッファロー'66』っぽさもみられるなど、前作『少年は残酷な弓を射る』で覚醒したリン・ラムジー監督、6年ぶりの新作としては、どこかモノ足りない。しかも、ホアキン・フェニックスの圧倒的な存在感や、ジョニー・グリーンウッドの音楽に救われている部分も多く、カンヌでの脚本賞受賞には首を傾げてしまうほどだ。一方で、シャーリーンの「愛はかげろうのように」や『サイコ』のコミカルな使い方など、目を引く描写もある。それも含め、この美しくも如何わしい感触は、劇場の暗闇で体感するに値する。
リム・ラムジー監督はエンタメもいけると知るうれしい男ドラマ
リン・ラムジー監督といえばアートハウス作品のイメージが強かったが、エンタメ作でもいけるといううれしい驚き。主役の殺し屋を演じるJ・フェニックスの存在感は圧倒的で、ささいな表情の変化だけで複雑な心のうちを見事に表現している。彼の演技に重きを置いた演出がなされているのは、監督の信頼が厚い印だろう。アートな魂の共鳴だ。イメージ映像のコラージュで事件の背景を観客に想像させ、緊張感を高めるカメラワークも素晴らしい。闇の世界に生きる彼らの方が表舞台に立つ政治家よりもまっとうという展開はやや安易だし、物語の核心部分で「それは時代錯誤では?」と感じたが、原作ものだから仕方ないのかもしれない。
暴力的でありながら美しい21世紀版『タクシー・ドライバー』
地下売春組織に拉致された幼い少女を救い出した影の仕事人が、やがて政治権力の絡んだ巨大な陰謀に巻き込まれる。わりとありがちな筋立てだが、しかしそれ自体はあまり重要ではない。深刻なPTSDを抱えた元海兵隊員で元FBI捜査官の主人公。そんな男の目を通して荒廃した現代社会の闇を冷徹に見つめ、同じく心に深い傷を負った少女との魂の触れ合いを繊細な筆致で描く。
さながら21世紀版『タクシー・ドライバー』という印象。それでいて、極めて暴力的でありながらも崇高なまでに美しい。敵方ヒットマンとの殺し合いから、権力に搾取され使い捨てられる者同士の悲哀を滲ませるなど、そうきたか!と思わせるシーンの数々に膝を打つ。
剥き出しの暴力に恐怖と魅惑が宿る
暴力というものの恐ろしさと魅惑。その両方が同時に味わえる。それを象徴するのが、工具店で売られている大型のハンマーだ。男は常にハンマーで人間の頭部を殴って倒す。それは仕事を遂行するためでもあるが、彼が決して癒えない深い傷を負っているせいでもあり、ハンマーを振り下ろす瞬間だけ、その傷の痛みが和らぐ。ハンマーの形と機能は、男の真っ直ぐさの象徴でもある。男は寡黙で、彼が抱く思いはレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドによる音楽が代弁する。
主人公の一人芝居、音楽が語るという作劇術は、ロバート・パティンソン主演、サフディ兄弟監督の「グッド・タイム」に近く、主人公のタイプは異なるが、似た感触がある。