藁にもすがる獣たち (2020):映画短評
藁にもすがる獣たち (2020)ライター5人の平均評価: 3.8
欲に駆られ窮地に追い込まれた人々の凄まじい末路
銭湯のロッカーから発見された大金入りのボストンバッグを巡って、多額の借金を背負って行方をくらました風俗店の女社長、その借金を代わりに背負って取り立てに追われる恋人の公務員、事業に失敗してアルバイト生活で身を削る中年男、株投資で借金を作ったせいで夫からDVを受ける風俗嬢らの運命が交錯していく。一見したところ全く繋がりのない彼らの物語が、随所に張り巡らせられた伏線によって、だんだんとひとつに結びついていくストーリーの構成が実に巧み!欲に駆られ窮地に追い込まれた人々が、藁にもすがる思いで誤った選択を重ね、どんどん破滅へと突き進んでいく凄まじい末路に身震いする。ラストの落としどころも見事だ。
一瞬たりとも気が抜けない犯罪ドラマ
人生崖っぷちな人々が金に踊らされ、自分でも知らなかった獣性を目覚めさせる姿が身につまされる犯罪ドラマだ。事業に失敗しバイトで家族を養う中年男性もDV被害者の主婦も恋人に翻弄されるイケメンも普通の庶民で、だからこそ藁をもつかむ思いで法を犯す彼らに同情してしまう。残虐な金融業者や汚職刑事が最悪だから、尚更だ。複数のキャラを巧みに関わらせ、無関係に思えるエピソードが繋がっていくので一瞬たりとも気が抜けない。キム・ヨンフン監督はこれが長編デビューというが、チョン・ドヨンやチョン・ウソンはじめとする役者やDP、美術チームら一流の映画人の才能を100%以上発揮させている。
大金は人生の"浮輪"か!?
群象劇と思わせつつ、無関係のキャラクターたちが大金入りのバッグによって繋がっていくストーリー。コーエン兄弟作品のような欲望の風刺とタランティーノ映画のようなバイオレンス、スリルとユーモアの融合に魅入る。
登場人物は基本的に、悪人かダメ人間。バッグは彼らに、歓迎されるものと歓迎されざるものをもたらす。そんなシチュエーションを俯瞰させるのが本作の味。俯瞰が醸し出す、人間の滑稽さも活きた。
絶妙のストーリーテリングは最後の最後まで持続し、悪人でもダメ人間でもない、地道に暮らす普通の人が、そちらの側に転じかねない可能性をも示唆する。監督はこれが初長編作とのことだが、今後が楽しみな逸材。
交通整理された脚色の巧さも光る
時系列を交錯させながら、ヴァイオレンス描写満載のブラックコメディが展開。そんな量産されたタランティーノ・フォロワー作を思い起こさせる設定を、懐かしいと取るか、もしくは古臭いと取るか? ただ、キム・ヨンフン監督のデビュー作らしからぬ肝の据わった演出は、小気味良いテンポを生み、交通整理された脚色の巧さも光る。さらに、猟奇的な悪女を演じるチョン・ドヨンも、近年はクズ男役がハマるチョン・ウソンも出てるのに、実質的な主人公がチェック柄シャツが似合いすぎるペ・ソンウが演じるサウナのバイトという面白さ。アヤしい雰囲気を醸し出す港町・平沢市のロケーションも、もう一人の主役といえるだろう。
ちょっぴりウェストレイク風味あり、軽快なリズムが快適!
テンポよく転がっていく。ツイてない男が偶然見つけた大金が入りのバッグを巡り、愚か者たちが次から次へと愚かなことをして、事態がどんどんとんでもない方向に転がっていく、というストーリーの原作は曽根圭介の小説だが、映像の軽やかなテンポはこの映画ならではの魅力だろう。
監督・脚本は本作で長編デビューのキム・ヨンフン。ドナルド・E・ウェストレイク小説の風味にはちょっとだけ粋な感じが足りないが、笑いもたっぷり、ブラックな味もあり、湿り気がほとんどないのは快適。登場人物たちはみな戯画化され、輪郭がはっきりして分かりやすく、画面の色調の鮮やかさ、軽快な音楽と相まって、ラストまで軽やかだ。