DAU. ナターシャ (2020):映画短評
DAU. ナターシャ (2020)ライター4人の平均評価: 4
一大プロジェクトとして必見。性描写や拷問に目が行きがちだが…
演技未経験キャストを2年間も映画の背景となるセットで生活させ、そこからにじみ出るものを映像に収める。そうした背景を承知のうえで観るべき作品であり、壮大なプロジェクトの中の一本なので、単体として評価するのは難しい。
旧ソ連の秘密研究所での不思議な人体実験シーンに唖然とさせられたりするが、この作品でのメインは、研究所内カフェでのウェイトレス2人の関係性や心理で、権力や統制が人間にもたらす「変化」をじっくり味わうことに。
しかし、延々と続く酔っ払いながらの会話など、一本の作品として全体のバランスは疑問だし、圧倒的な再現度の空気感に慣れていった結果、センセーショナルな性描写や拷問が際立ち、後味は複雑。
スターリン政権下の暮らしを生々しく追体験させる問題作
製作期間14年、主要キャスト400人、エキストラ1万人。スターリン時代のソ連の町を丸ごと撮影用に建設し、当時の社会システムと生活様式のもとで出演者たちを何年も生活させ、限りなく現実に近い虚構の世界を再現することで、観客にハイパーリアルなスターリン政権下の市民生活を垣間見させる。そんな前代未聞の壮大なプロジェクトから生まれた映画シリーズの第1弾。ここでは些細なことからKGBのターゲットになった女性を主人公に、全体主義社会で生きるとはどういうことなのかを肌感覚で追体験する。人間の自尊心や尊厳を少しずつ、しかし確実に打ち砕いて屈服させていく尋問・拷問シーンは、どんなホラー映画よりも恐ろしい。
いろいろヤバい「ドグマ95」の発展形
露骨なセックス描写や拷問描写などのスキャンダラスなシーンや、35mmでの撮影などの妙なこだわりなど、やはりラース・フォン・トリアーらしさは否定できない「ドグマ95」の発展形な「実験映画プロジェクト」第1弾。1952年のソ連の空気感を再現し、独特な閉鎖感は伝わってくるものの、何もバッググラウンドを知らないで観ると、カフェを舞台にしたシチュエーション・コントにも見えてしまう点も興味深い。そんな劇中では語られない徹底した裏設定を基にした素人俳優のキャラなりきり演技は、リアリティショーどころじゃないヤバさを放つ。いろいろ難しいことは考えず、怖いモノ観たさ程度で挑んでみるのも良し。
我々はシステムに沿ってこんなにも変貌する
『赤い闇』や『ジェーンの秘密』、『粛清裁判』&『国葬』など「ソ連の記憶」シリーズとでも呼びたい最近の一連の流れにおいて、ついに決定打の登場か? 理論物理学者レフ・ランダウが勤めていた研究施設を巨大セットで再現し、21世紀の現代人がテラスハウスのごとく実際に暮らしてみた驚嘆の企画。
スターリニズム末期、1952年のソ連国民になりきって生活する人工空間。このテーマパークに敷かれたシステムのコードに、人間性が自動的に染まっていく様が記録されている。「史実の再現」ではなく、歴史上と同じ「環境」を作って人間達を放り込む。一種の生体実験であり、自由と制度を根源的に問う異色のリアリティドラマとも言える。