モーリタニアン 黒塗りの記録 (2021):映画短評
モーリタニアン 黒塗りの記録 (2021)ライター5人の平均評価: 3.6
日本の入管問題を想起させるグァンタナモ収容所の地獄
アメリカ政府から9.11テロ事件の首謀者のひとりと疑われ、14年間も不当に拘束されたモーリタニア人男性の実話。彼の弁護を担当するアメリカの人権派弁護士によって、グァンタナモ収容所における地獄のように凄まじい囚人虐待と自白強要が明るみとなる。その背景にあったのは正義よりも見せしめを必要とした米政府の思惑と、外国人を同じ人間として見做さない職員の偏見があったことは間違いないだろう。日本人としては、おのずと入管問題が脳裏をよぎるわけだが、しかし機密書類まで黒塗りにしなかった米政府の方がまだマシなのかもしれない。非常に重苦しい内容ではあるが、同時に希望の光を差し込むことを忘れない演出に救われる。
実録としての衝撃、エンタメらしい全体の巧みな構成
実録の骨太感と強靭テーマ、そしてエンタメとしてのメリハリ。その両面から高レベルな仕上がりを狙い、成功した好例。
実話という点では、グアンタナモ収容所の厳重セキュリティや、内部での目を覆う拷問、そして重要機密が黒塗りにされた事実など、ひたすら生々しく演出。この事件に限らず、世界全体で起こりうる不条理感に戦慄させ、怒りが込み上げる意味で、観る者の心は沸き立つ。
エンタメ的な作りでは、裁判での敵対の構図、真実のバランスを意識しつつ、要所で繊細な感動シーンを用意しているところ。9.11テロに加担したとされて拘束され、頑な態度を貫く主人公が、いくつかの場面でみせる弱さ、悲しみが不覚に胸を締めつける。
国家による超法規的措置はありなの?
世界同時多発テロ後にグアンタナモ収容所で拘束・拷問をされたモハメドゥの体験に恐怖を覚える。収容所で行われる拷問や検閲はグロテスクの一言。正気を保てたモハメドゥの強い精神力に驚くが、相当なトラウマを抱えているはず。K・マクドナルド監督は彼の解放までを本人&人権弁護士と軍検察官側から見つめ、アメリカ国家による超法規的措置の闇を暴いていく。人権問題が絡む実話だけに脚色は最小限と思われ、淡々と物語が進む。ハリウッド的な痛快逆転劇を期待している人には不向きだろうが、現在進行形の問題を知る上では重要な作品。エピローグで明かされる、今なお司法手続きなしで拘束されているプリズナーXの運命が気になる。
激突! ジョディ・フォスターvsカンバーバッチ
グアンタナモ収容所の実態を『ラストキング・オブ・スコットランド』のケヴィン・マクドナルド監督が描く社会派映画というだけで見応え充分だが、さらに賞味したいのが、ジョディ・フォスター演じる弁護士のカッコよさ。自分にも他人にも厳しく、仕事ができる若くない女性でありつつ、真っ赤な口紅がよく似合う。この人物像が魅力的。
もうひとつ見どころなのは、ジョディ・フォスターとベネディクト・カンバーバッチの演技合戦。フォスターは収容所に収監された男の弁護士、カンバーバッチは彼を起訴する米軍中佐という対立する役どころ。二人が対面で直接言葉を交わす場面が2回あり、微妙なやりとりなのに目が離せない。
残酷な実話の中に見つける一縷の希望とヒューマニティ
9/11から20年を迎え、あの日、アメリカが感じた絶望感、恐怖、悲しみがどんなに大きかったかが改めて思い出されたばかり。だが、その後には、今作で描かれるようなことも起こっていたのである。拷問シーンはあまりに強烈で目を逸らしたくなるほど。実話なのだから、そこを容赦しないのは正しい。そんな中、主人公の弁護に当たるナンシー(フォスター)が希望をくれる。起訴する立場にありながら、言われるままに“敵”を裁くのでなく、真実を追求し、正義を貫こうとするカンバーバッチ演じる中佐も、複雑かつ人間味にあふれるキャラクターだ(彼の南部訛りも良い)。隠された暗い事実はまだきっとたくさんあると感じさせる問題作。