最後の決闘裁判 (2021):映画短評
最後の決闘裁判 (2021)ライター8人の平均評価: 4.4
ベテランがこれを撮った意義は大きい
世に黒澤明監督『羅生門』(50年)の手法を参照・応用した映画は数多いが、お話までがっつり重なるのは珍しい。三角関係を整理すると、騎士(マット・デイモン)=森雅之、妻(ジョディ・カマー)=京マチ子、問題の男(アダム・ドライバー)=三船敏郎。リメイクに近い内容を備えつつ、ただし「真実は藪の中」ならぬ明確に男性優位の暴力性を抉り出す。
83歳のリドリー・スコットは『デュエリスト/決闘者』(77年)以来の流儀を特に変えていない。しかしデイモン&ベン・アフレックによる脚本を得て、ルネサンス絵画ばりの審美性で展開するオールスター時代劇の中に現代を撃つ弾丸を装填した。これは#MeToo革命の「とどめ」か?
とことん打ちのめされる153分
デビュー作『デュエリスト/決闘者』から、オスカー受賞作『グラディエーター』を経た決闘映画にして、今だからこそ描くテーマとガッツリ向き合ったリドリー・スコット監督作。配慮するぐらいなら、そのものを描く覚悟をも感じる重厚な演出に、後に原告・被告・被害者となる三者三様のちょっとしたズレが、不穏な空気感を生み出していく脚本。劇中、共演もしているマット・デイモンとベン・アフレックの『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』以来となる共同脚本だが、これまで2人が歩んだキャリアを踏まえて観ると、かなり感慨深いところ。胸糞悪さが持続するラストに至るまで、とことん打ちのめされる153分だろう。
家父長制と男尊女卑の本質を炙り出す西洋騎士道版「藪の中」
14世紀のフランスで実際に起きた決闘裁判。由緒正しい名門一族出身の騎士に嫁いだ美しい妻が、かつて夫の親友だった成り上がり者の宮廷家臣にレイプされ、その審議は神の裁き=決闘に委ねられることとなる。その過程を夫・妻・友人それぞれの視点から描いた、さながら西洋騎士道版「藪の中」だ。炙り出されるのは、家父長制的な男性社会において、ないがしろにされる女性の尊厳と人権。結局、夫も友人も自分の名誉にばかりこだわり、勇気をもって声をあげた妻の怒りや悲しみなど誰も理解しない。現代にも脈々と続く男尊女卑の本質的な構造を、700年前の出来事に投影した脚本は実に巧みで鋭い。2時間半の長尺も短く感じられる。
決闘の熱さではなく、スコットは冷たさを見抜く
『デュエリスト 決闘者』以来の“決闘”映画ということで、R・スコットファンとしてはそれだけで嬉しいが、着地点はまったく異なる。それでも歯応え満点。
人妻が一個人として正当な裁判を受けることができなかった封建時代の話。そこにレイプという問題が絡んでくるから、どうしても重くなる。個人や家の名誉を重んじる男社会に生じた歪み。スコットが本作で描きたかったのは、まさにそれだ。
『羅生門』スタイルにこだわったミステリアスな展開は目を引くに十分。三番目の“証言者”となるヒロインの目は、男たちの決闘に何を見ていたのか? そのボカシ具合に映画的な興奮と余韻の深さを覚えた。面白い!
「起・承・転・転」そして暴発、重厚すぎる後味へ
冒頭から戦闘のバイオレンス表現のエグさにリドリーらしさ全開だが、正直、ドラマのポイントは定まらない印象で集中力が途切れそうになる。しかし、それも巨匠の計算どおりか。視点が変わる中盤から、ぐいぐいとドラマの核心が迫ってきて、したたかに真実が見えてくる。しかも俳優たち、特にジョディ・カマーの想像をかき立てる演技によって、その真実は観る者に委ねられる。
血と泥の区別すらできぬ荒涼たるヴィジュアルで14世紀ヨーロッパへ連れて行かれつつ、せり出してくるテーマは、ジェンダー、人間の欲望、「強い方が正しいのか?」と、まさに現在の社会を代弁。そして、そんなテーマすら忘れさせる「決闘」の衝撃で異次元の後味へ。
真実の行方
リドリー・スコットがデビュー作の『デュエリスト』以来、本格的に”決闘”を取り上げた最新作。80歳を超えてなお、熱量たっぷりな作品を作り上げることには驚きを隠せません。マット・デイモン&ベン・アフレックが久しぶりに手掛けた脚本は『羅生門』を思わせる歴史劇でした。2時間半を超えますが、メインキャストのマット・デイモン、アダム・ドライヴァー、ジョデイ・カマーの熱演もあって、中弛みすることなく見せ切ります。
時期的にも賞レースを賑わすことになるかもしれない一本ですね。ベン・アフレックのコメディリリーフ的な存在感も抜群でした。
Toxic Masculinityの意味がわかる実話ドラマ
80代でも進化し続けるリドスコの才能にノックアウトされる人間ドラマだ。強姦事件を男女三人の視点で見つめながら、男性の所有物とされた女性の苦悩や「騎士はかくあるべし」という固定概念に縛られた男の哀れを炙り出す。強い女性を描いてきた監督がジェンダー・バイアスとは無縁なのもよくわかる。それにしても、戦闘での武勲を錦の御旗に出世や権力に取り憑かれていた騎士の実像が痛々しい。細部まで凝った美術や衣装、光の加減でくすんで見える風景はもちろん、終盤の迫力あふれる決闘シーンまでリアリティに満ちていて、14世紀末のフランスにいるような気分になる。男優陣がクズ男を熱演し、ヒロイン役のJ・カマーを盛り立てている。
雪と泥の中世に、人間心理の機微を描き出す
雪と泥。初監督作『デュエリスト/決闘者』以来、何度も中世欧州を描いてきたリドリー・スコットが今回は、雪が舞う寒さの中、アヒルも牛も人々も共に泥にまみれて暮らす、粗野で素朴な中世世界を出現させる。
そのような世界を舞台に史実を基にしながらも、描き出されるのは、現代と変わることのない人間心理の機微。表面にはあからさまには現れない、微かな心の動きだ。物語は、男、男の友人、男の妻の三者の視点から描かれる「藪の中」形式なのだが、三つの物語は、まったく違うわけではなく、ごくごく微妙に異なり、それでいて決定的に別もの。三者それぞれの真実は、どれもが真実。リドリー・スコットが人間に注ぐ眼差しが深い。